G7広島サミット2日目(5月20日)、夕食会の会場となったホテルの大広間には、神楽の舞台が設営されていました。そこで舞ったのは、“広島神楽のオールスターたち” です。サミットで披露された「知られざる広島神楽の姿」をお伝えします。
首脳たちが残した言葉や提供された食事、立ち寄った場所…。3週間経っても、さまざまな場所に余韻を残すG7広島サミットですが、実は、伝統文化「神楽」にもハレの舞台が用意されていたのです。
そして、この出演者たちは、どこか既存の神楽団というものではなく、いわば選抜メンバーだったのです。“WBC侍ジャパンのようなオールスターたち” の気合と緊張の1か月を追いました。
オールスターたち9人の初めての顔合わせは、本番からさかのぼることおよそ1か月前でした。リーダーは、神楽歴およそ半世紀の 崎内俊宏 さん。サミット会場での披露に大きな期待を寄せていました。
崎内俊宏 さん
「広島でサミットがあって、われわれが平素、大切にしている好きな神楽が選んでいただいたということに対して誇りを持って、そして感謝の気持ちを持って最高のものを作り出していって、『見たか』となるものをやってもらいたいですね」
今回の演目は、国内外で人気を集める「ヤマタノオロチ」―。巨大な大蛇をスサノオノミコトが退治する話です。神楽の代名詞ともいえるこの演目にメンバーはそれぞれ、なじみはあるといいますが…
下岡佑也 さん
「『巻き上げて』『前に出て』『首を上げて』のタイミングが…」
ふだん、別々の神楽団で活動しているため、ちょっとしたタイミングが違ってきます。最初の課題は、「短期間で息を合わせること」―。
音頭をとるのは、大太鼓担当の 上野将 さんです。
上野将 さん
「練習、なかなか難しいですよ、団が違いますからね。それぞれ個々でみなさんそれぞれ、舞い方も、楽も違う中で、1つにあわせていくっていうことが難しいところかなと思います」
さらに難しいのは、セキュリティーのために出演者しか入れないこと。通常、神楽の舞台には舞い手の衣装のすそなどを介助する、いわゆる黒子がいますが、今回は団長の崎内さんですらサポートに入ることができません。
そして、最大の難関は、スペースのせまさです。舞台の広さは通常の半分程度で、奥行きは2メートルしかありません。はみ出せば、今回の演出の目玉である光とのコラボレーションが崩れるとあって責任重大です。
大蛇のリーダーを務める下岡さんは、神楽歴30年以上のベテランというだけでなく、子ども神楽団の指導をするなど、神楽文化を広めるべく奮闘しています。
下岡佑也 さん
「神楽という魅力をお伝えできるように、1つの神楽をやるメンバーとのことを思いながら、いいものが伝えていけるようにがんばりたいと思います」
サミットの2週間前、下岡さんは、夜神楽の公演会場で裏方として走り回っていました。若手の仲間と作る「NEXTひろしま神楽」の一員として神楽の魅力を発信しています。
新型コロナで公演数が激減したときにもYouTubeなどを使って見てもらうチャンスを作り続けてきました。
下岡佑也 さん
「『神楽といえば広島だよね』と言っていただけるように続けていきたい」
この日もその一環で神楽の衣装の着付け体験を実施していました。
海外からの観光客
「とても重いけど、とても美しい。代表的な日本や歴史をたくさん感じることができて、見ることができてよかった」
下岡佑也 さん
「衣装がどれだけ重かったりっていうのを体験してもらうことで、より神楽を見るのが楽しくなるんじゃないかと思って」
練習過程の舞いと光の演出を合成した映像があります。光との兼ね合いだけでなく、鑑賞する首脳たちに大蛇のしっぽが当たってしまってはたいへんです。
ダイナミックに動きつつも、せまい舞台に収まるように最終練習でも修正を繰り返します。▽息を合わせて、▽黒子なしで、▽せまい舞台をフルに使って…。多くの課題に向き合って練習をやり切ったメンバーには一体感が生まれていました。
上野将 さん
「しんどいですよね、きょう、3回目なので、疲れはたまっていますけど、やるごとにみなさん、技量も高まっていますし、気持ちは1つになっているんじゃないかなと」
赤い大蛇の下岡さんも意気込み十分です。
下岡佑也 さん
「本当、今までやってきたことをもう全力でするだけかなと思いますし、見ていただいたら、すごく、この神楽の魅力は伝わるかなと思って、自信を持ってやりたいと思います」
いよいよ、本番当日―。厳戒警備態勢のもと、会場入りしたメンバーはみんな、慣れないスーツ姿に硬い表情でした。
5時間半の滞在で、披露したわずか7分の舞台―。
残念ながら本番の様子は、写真から想像するしかありません。
しかし、舞台を終えたメンバーはみんな、晴れ晴れした顔つきでした。団長が、ねぎらいの言葉を贈ります。
崎内俊宏 さん
「立派に広島神楽の誇りと自信を持って務めてくれて本当によかった。それぞれの神楽団に帰られたら、今度は次世代を担う中心になる人になっていただきたいというふうに思っております」
下岡さんもこの経験が今後に生きることを確信していました。
下岡佑也 さん
「何十年・何百年先にこの広島の神楽というものが残っていくように今後、取り組みたいなと思います、団員だけじゃなくて、みんなで盛り上げられるようがんばっていきたい」
【スタジオ】
青山高治 アナウンサー
「いろんな団から選ばれたオールスターメンバーが舞台の大きさや人数とか制限がある中で、舞ったという広島神楽の歴史の中でも伝説の一夜舞台だったのかなと思う」
吉宗五十鈴 さん
「私も県外からこっちに来ていますので、本当に秋になるといろんなところで神楽が舞われて、これってすごい文化・伝統だなと思いました。今回それぞれの団から集まられて、そこで皆さん経験と知識をお互いに交換したりして、すごい経験になったんじゃないかなと思います」
小林康秀 アナウンサー
「要人のいない3日前のリハーサルの様子の映像が手に入りました。本番は日本・アメリカ・オーストラリア・インド、いわゆる『QUAD』という4カ国の会談が長引いた関係で、本番実は岸田総理とバイデン大統領にご覧いただくことはできなかったんですね。とはいえ、メンバーの皆さんはですね、こんな風におっしゃっています」
― 下岡佑也 さんは、「(見てもらえなかったのは)残念ではあるが、こういう場所でできたこと自体がすごいこと。他団メンバーとの経験は貴重な財産。サミット後、自分の団の人には裏話もしている」と話しています。
― 崎内俊宏 団長は、「誰が見ても見なくても、やることは何も変わらず、一生懸命やってくれた。本番のあとはラーメンを食べて解散したので、正式な打ち上げは来週」と話していました。
― G7以外の招待国の首脳が鑑賞されたということですので、今後、思いがけないところから神楽目当ての観光が増えたりするかもしれません。