人の世の面白さ感じた 諫早市出身作家・垣根涼介さん 足利尊氏の生涯「極楽征夷大将軍」刊行

インタビューに答える垣根さん(写真は文芸春秋提供)

 室町幕府の祖、足利尊氏の生涯を描いた新作「極楽征夷大将軍」(文芸春秋)を刊行した長崎県諫早市出身の作家、垣根涼介さんが、オンラインで長崎新聞のインタビューに応じた。やる気も使命感も執着もない「虚無の人」尊氏が、気概も能力もあるあまたのライバルを退け、なぜか頂点に立つ。「こんな人が天下を取ったことはほかにない。人の世の面白さみたいなものを感じて、(尊氏を)書こうと思った」と語った。
 鎌倉幕府の有力御家人の家に庶子(側室の子)の次男として生まれ、誰からも期待されず育った尊氏が、嫡子の長男と父の相次ぐ死で家督を継ぐ。能天気で物事に執着しない尊氏は大望もなく、ただ世に流されていくだけだが、弟直義、執事の高師直ら有能な周囲の支えで倒幕を遂げ、幕府を開いて天下人にのし上がる。

■2人の視点で
 誰もが名を知る歴史上の偉人だが、垣根さんは「普通、歴史に名を残す人は野望と能力があって、本人が必死に努力して功成り名を遂げる。尊氏は最初から徹頭徹尾その気持ちすらなく、自己研さんもしていない。『虚無の人』なんです」と言う。
 なのに、なぜ天下が取れたのか-。作中では、対照的に優秀でやる気に満ちた直義と師直が真面目に人間くさく立ち回り、尊氏を天下人に押し上げていく。
 「全ては直義が立案して、師直という有能な実務者と共にお膳立てして、尊氏はみこしの上に乗っているだけ。尊氏を書こうとすると、逆説的に直義と師直のことをがっちり書いた方がいい」と考えたと言う。同時に「虚無の人の内面は書けないので、虚無じゃない人間から映し出すことができるだろうと2人の視点を取った。尊氏を映す鏡として一番重要」と指摘。

■現代人と共通
 ふらふらと周囲に流される尊氏だが、人望があり戦にはめっぽう強い。「自負心も人の好き嫌いもない人間って、人には嫌われない。しかも、こだわりがないから楽々と時流に乗っていける。だから名を残した。そういう意味で尊氏は『世間』だった」と表現。
 そんな尊氏は「現代人によく似ている」と作中にも記した。「僕も含めて、何か大それた夢って別にない。そこそこの日々でそこそこで生きていけて、そこそこ楽しければいいよね、という感じ。そういう軽い虚無はみんなの心の中にある」と真意を解説する。
 現代小説から出発したが、近作は戦国武将らを題材に日本中世を描く歴史小説家のイメージが定着した。「書きたい人が先で、その人が生きた時代がたまたま中世だった」と振り返るが、価値観が多様化し混沌(こんとん)とした現代を、歴史上の動乱期に重ねてもいる。

■動乱期に重ね
 「何が正しいか分からない時代を僕は生きているかなと思っていて。動乱期って、終わってみたらあれが正しかったと分かるが、その時は何が正しいか分からない。その時代に、特にこれといった目標も欲望もなく生きてきた尊氏は、何となく現代人に通じるものがある」
 信念に従い全力を尽くす者が次々と滅び、尊氏だけが生き残る物語は喜劇とも悲劇とも読める。垣根さんは「楽しく笑って読んでくれればいいかな。尊氏って間抜けだよなって感じで読んでもらうのが一番いい。読み終わった時に、何か残ってくれれば」と話した。
 「極楽征夷大将軍」は四六判552ページ、2200円。

【略歴】かきね・りょうすけ 1966年諫早市生まれ。2000年「午前三時のルースター」でサントリーミステリー大賞・読者賞、05年「君たちに明日はない」で山本周五郎賞受賞。「室町無頼」(16年)「信長の原理」(18年)で直木賞候補。ほかに「ヒート アイランド」「光秀の定理」「涅槃(ねはん)」など著書多数

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