県職員64人が虐待関与の疑いなのに、懲戒処分は1人だけ 変わり始めた「もう一つのやまゆり園」が突き付ける重い宿題

中井やまゆり園の改革プログラム報告書を黒岩祐治知事(右)に手渡す有識者チームの委員ら=2023年5月12日、横浜市の神奈川県庁

 神奈川県の「中井やまゆり園」という県立の知的障害者入所施設で昨年、県職員による多数の虐待疑いが明らかになった。関わったとみられる職員は64人に及ぶが、県が懲戒処分にしたのは園長1人だけ。虐待したとして懲戒処分を受けた職員はゼロで、隠蔽していた幹部職員も口頭訓戒といった軽い処分で済まされた。
 一方、施設の現場では、人間らしい生活を取り戻そうと改善に向けた取り組みが進む。ただ、有識者は「施設を良くすれば、それで済むという問題でもない」と指摘する。重い知的障害や自閉症のある人を地域社会が受け入れるようにならなければ、根本的には解決しないからだ。殺傷事件が起きた「津久井やまゆり園」とともに、もう一つのやまゆり園は私たちに重い宿題を突き付けている。(共同通信=市川亨)

神奈川県立中井やまゆり園=2023年5月22日、同県中井町

 ▽「刑事事件では?」の声も、告発はせず
 中井やまゆり園は神奈川県中井町にあり、自閉症や重度の知的障害がある人を中心に約90人が暮らしている。
 2016年に障害者19人が殺害される事件があった県立「津久井やまゆり園」(相模原市)と名前が似ているが、津久井園は社会福祉法人の運営。一方、中井園は県の直営で、働いているのは県の職員だ。
 2021年以降、職員による虐待や隠蔽の疑いが浮上し、県は昨年3月、有識者による調査委員会を設置。今年5月、最終報告書を発表した。
 報告書によると、虐待が疑われたケースは25件あり、うち9件が虐待と認定された。8件は「不適切な支援」、残り8件は「事実が確認できない」とされた。虐待9件で関与が疑われる職員は64人。不適切な支援を含めると、71人に及ぶ。

男性入所者の肛門に入っていたとされるナット

 虐待と認定された9件は次のような内容だ。
 ・男性入所者の肛門にナットが入っていた
 ・天井が便まみれの部屋で生活させていた
 ・顔を平手打ちし、拳で額を殴った
 ・スクワットを数百回させた
 職員や委員からは「刑事事件に相当する」との声も出ているが、県は「総合的な判断」として告訴や告発はしていない。虐待が疑われる25件については警察に「相談している」と説明するものの、「通報」「届け出」といった言葉は避けている。

丸刈りの頭に前髪だけが残された男性入所者(画像の一部を加工しています)

 ▽丸刈りの頭に半円型の前髪
 県は5月25日、「適切な措置を講じなかった」などとして園長(6月1日付で他施設へ異動)を減給10分の1(3カ月)とする懲戒処分を発表。
 そのほか、虐待に関わったとして職員7人、監督責任として県の局長ら15人を訓戒や厳重注意とした。黒岩祐治知事も自身の給料を減額する条例改正案を議会に提出した。ただ、「行為者を特定できなかった」「本人が虐待の意図を否定した」などとして処分を見送ったケースもあった。
 例えば、男性入所者の前髪だけを残して頭を丸刈りにした事例では、行為者の職員が「理髪の際に前髪が残ってしまった。嘲笑の対象にするためではなかった」と話したことから、処分はしなかった。
 だが、共同通信が入手したこの入所者の写真では、大きな半円型に前髪が残されており、「うっかり残ってしまった」という説明には疑問符が付く。そもそも、本当に「うっかり」だったのなら、すぐに刈り取れば済む話だ。
 元職員から「こんな軽い処分で済むのか」と疑問の声が出ているほか、県の調査委員会の委員も「虐待行為が特定された職員が懲戒処分されず、園長だけというのはアンバランスだ」と違和感を口にする。

売れ残りの手帳をリサイクルする作業をする入所者ら=2023年5月22日、中井やまゆり園

 ▽「意識が変わってきた」現場の職員たち
 数々の問題が明らかになってから約2年がたち、今、施設で入所者たちはどうしているのか。
 5月下旬、園を訪ねると、それぞれの部屋から出てきて軽作業やリハビリをする姿があった。以前は1日20時間以上、外側から施錠された部屋で過ごしていた男性も荷台を押して物を運ぶ様子が見られた。
 園がこうした「日中活動」を積極的にするようになってから約1年。外部の民間法人から定期的に園を訪れている「支援改善アドバイザー」3人に話を聞くと、「入所者も職員もうれしそうな様子が増えた」と言う。
 アドバイザーの1人で社会福祉法人理事長の中西晴之さんはこう話す。「『環境や働きかけ方次第で、入所者にもこんなにできることがあったんだ』と職員が気付き始め、意識が変わってきた」
 入所者と一緒に園の外に出て、地元農家で農作業を手伝うといった地域貢献のアイデアも職員から出ているという。
 一部の入所者は民間法人のグループホームに体験宿泊するなど、地域での生活に移ることも視野に入る。ある40代男性入所者はこれまでに4回、外部の法人を体験利用。特に問題は起きていない。ただ、地域での暮らしに不安が残る男性の父親は「いったん退所すると、何かあって『中井園に戻りたい』となっても戻れないのではないか」と複雑な心情をのぞかせる。

外部の民間法人での体験活動で、商品の注文受付書に色を塗る中井やまゆり園の男性入所者=2023年3月29日、横浜市

 ▽「受け入れる地域社会を」
 園の今後の在り方については、県の有識者チームが5月に「改革プログラム」を発表。園はこれまで重い知的障害や行動障害の人が長期入所する場だったが、今後は地域生活が困難となった人をあくまで一時的に受け入れ、地域に本人の居場所をつくる役割に転換するよう提言した。
 定員140人の施設規模をまず60人に減らし、限りなく小規模化を目指すことも要請。県の直営では4年ほどで職員が異動するため、入所者との人間関係を築きにくいといった問題があるとして、「県の直営は限界だ」とも指摘した。事実上、県の施設としては廃止を求めたとも言える。
 県は改革の実施スケジュールを盛り込んだ計画を7月中につくる方針で、改革プログラムを受け取った黒岩知事はこう話した。「施設の在り方以上に、地域社会の在り方が重要だ。この人たちを受け入れられる地域をつくらなければならない。非常に大きな宿題を頂いた」

中井やまゆり園の改革プログラム報告書を受け取った後、有識者チーム委員らと共に記者会見する黒岩祐治知事(右)=2023年5月12日、横浜市の神奈川県庁

 ▽取材後記
 現在、中井園では常勤だけでも約150人の県職員が働いている。もし施設を廃止するとなったら、入所者はもちろんだが、県は職員の行き先も探さなくてはならない。労力のかかる大仕事になる。
 有識者チームは「県の直営は限界だ」と結論付けたが、県の担当者は「あくまで有識者の意見」との立場。直営として残したいとの意向がのぞく。処分を巡っても、職員の保身や県の組織防衛がにじみ、後味の悪さが残った。県には組織を守ることよりも入所者の幸せを第一に考えてほしい。

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