オムライスが絶品!創業100年を迎える『洋食入舟』は料理も店の雰囲気も感動的だった

【洋食入舟】 『洋食入舟』4代目主の松尾信彦さん

うまいオムライスを食べさせてくれる洋食屋はたくさんある。けれど、店の風情もおいしい洋食屋となるとどうだろうか。

南大井にある『洋食入舟』のオムライスは絶品。かつ、昭和を感じる店の佇まいがどこか懐かしく、胃袋も心も満腹にさせてくれる。

創業は大正13(1924)年。来年(2024年)百年を迎える老舗洋食屋だ。

【18枚】老舗洋食屋『洋食入舟』フォトギャラリー

「曽祖父の山本高由(たかよし)が創業しました」4代目主の松尾信彦さんは続ける。

「曽祖父は日本橋にあった『東洋軒』のお菓子職人でした。いまでいうパティシエだった曽祖父は、お菓子以外の料理も頼まれて作り始め、大正13年に独立しました」

大森駅前に開業したが、空襲で消失。終戦から5年後の昭和25(1950)年、南大井に再建した。

【洋食入舟】 昭和20年代に撮った店舗写真。その後何度も増築し、現在の店舗になっていった

曽祖父は松尾さんが中2の頃まで元気だった。やがて4代目を継ぐことになる松尾さんに、店と自分の経歴を話して聞かせた。

ちなみに、松尾さんがいう『東洋軒』は、西洋料理店のくさ分けとして明治30(1897)年に東京三田に創業した『東洋軒』だと思われる。

花街だった南大井で洋食入舟を再興させた

【洋食入舟】 『洋食入舟』の入口は左手の門と、その右手にあるガラス扉の2か所

大森駅前にあった店を、曽祖父はなぜここ南大井に移したのか。

いまでこそ南大井はマンションが立ち並ぶ住宅街だが、かつてこの地は大井三業地(料亭、芸者置屋、待合茶屋の3つがある区域)として栄えた花街だった。

たとえるならば、京都の先斗町に洋食屋を開業したと思えばいいだろう。

【洋食入舟】 門から入っていくとその先に玄関が

「柳が植えられた大井三業地の道路には、彼らが乗ってきた黒塗りのハイヤーがたくさんとまっていたそうです」

花街にあるこの店には、日本を復興させようと獅子奮闘した会社社長が芸者と一緒に洋食を食べに来ただろうし、着物姿のお姉さんも大勢足を運んだに違いない。

【洋食入舟】 2階の座敷。テーブルが数卓置かれていた

曽祖父が始めた洋食屋は連日大賑わい。

ただ、何度も増席を迫られた。増築を繰り返し、だんだん不自然な構造になっていった。

なにしろ店の入口がふたつもあるのだ。正面左手にある門から入る入口と、その隣りにもガラス扉の入口がある。はじめて訪れる人は、どこから入るか迷ったに違いない。

はじめは夜のみの営業だった。夜間、数時間ほど店を開ければ、経営が成り立つ時代が続いた。

不況で客足が遠のき大衆向けの洋食屋に変更

ところが、昭和48(1973)年、高度経済成長が続いたこの国をオイルショックが襲った。大井三業地にある洋食屋も客が激減。

「昼も営業しなければならなくなり、ハイヤー運転手の控室だった1階を客室に改めました」

こうして現在の『洋食入舟』が完成。同年、松尾さんが生まれた。

【洋食入舟】 松尾さんと三代目で松尾さんのオジさんがこの厨房で料理を作っている

「店舗も食器も僕が子どもの頃とまったく変わっていません」

『洋食入舟』の味を守ってきた厨房を見せてもらった。令和の厨房とは真逆な、ドラマ『天皇の料理番』で描かれたような厨房だった。

【洋食入舟】 白い扉が特徴的な、いまも活躍中のガスオーブン

とくに、オーブンには驚かされた。

最新の厨房にはスチームコンベクションオーブン(通称スチコン)と呼ばれる調理器具が設置されている。蒸す、焼く、煮る、茹でる、炒める、炊く、揚げるなど1台でほとんどの調理が可能な万能調理器具だ。

ところが、この店では曽祖父が遺したガスオーブンがいまも現役で活躍中。その隣にはやや新しいガスオーブンが1台あったが、白い扉の古いオーブンを愛用しているという。

「夜のコース料理にお出しする『ローストビーフ』や『グラタン』をこのオーブンで焼いています。これでないときれいな焦げ目がつかないし、香りも出ないんですよ(笑)」

このガスコンロで焼いたグラタンを食べてみたかったが、夜のコース料理は次の機会に。

今回はランチで提供している料理を2品作ってもらった。

ホッとする、どこか懐かしいオムライス

【洋食入舟】 焼き仕上がりも皿も美しい「オムライス」

まずは『オムライス』(880円 / 以下すべて単品の価格で税込)から。

フライパンで鳥肉とタマネギを炒め、そのなかにご飯を投入。

そのご飯にかからないようにケチャップを入れ、ケチャップの水分を飛ばしてから全体を混ぜる。

何度も何度も鍋をふり、チキンライスを作る。

別のフライパンで作った半熟の卵に、チキンライスをのせる。

フライパンのハンドルを右手で軽くたたきながら卵でチキンライスをふんわりと包めば出来上がり。

【洋食入舟】 料理をシェアする客が多いという。「オムライス」もシェアして食べたい

自分でもチキンライス(オムライスはお手上げ)を作るのだが、なぜか濃い目の味になりがち。

ただ、松尾さんが作ってくれたオムライスは人柄もあってか、とても優しい味がした。

一新したエビフライも感動的な味わい

【洋食入舟】 絵になる逸品「天使の海老 海老フライ」

「メニューも曽祖父が厨房に立っていた頃と同じですが、僕が継いでから食材を一新しました」

たとえば「海老フライ」の海老。長年ブラックタイガーを使っていたが、ニューカレドニア産の天使の海老に変えた。

【洋食入舟】 尾を切った天使の海老に、生パン粉をつけて油で揚げる

「天使の海老 海老フライ(1480円)」を作ってもらった。

パン粉はもちろん生パン粉。野菜をのせた皿に揚げたてのエビフライを盛りつけ、自家製タルタルソースを添えれば完成。

【洋食入舟】「天使の海老 海老フライ」はタルタルソースも美味しかった

熱々を食べた。ニューカレドニア産の海老は甘くてジューシー。

カリッと揚がったその身に、タルタルソースをつけて味わった。ミソが詰まった頭から下処理を施した尾っぽまできれいに完食。

タルタルソースも絶品で、お代わりができるし、大盛りが可能なのもありがたい。

おいしい料理を庶民的な価格で提供している

クリームコロッケもロールキャベツも770円。ビーフシチューは1650円。

曽祖父の時代、花街の洋食屋だった時代は敷居が高かったかもしれない。けれど、いまは庶民的な洋食屋として人気を評している。

【洋食入舟】 2階一番奥にあるこのテーブル席は会合などに使われる機会が多いそうだ

取材を終え、原稿を書いていても松尾さんが作ってくれた料理が舌から離れない。松尾さんに電話をして、あることを頼んだ。

「レシピの取材ですか。喜んでやらせていただきます」

『洋食入舟』で受け継がれてきた洋食屋のレシピを、4代目松尾さんに教えてもらえることになった。乞うご期待。

でもその前に、洋食好きにはぜひ食べに行って欲しい。嬉しいことに、昼も夜も同じ価格で食べさせてくれる。

【洋食入舟】

住所 / 東京都品川区南大井3-18-5

電話 / 03-3761-5891

営業時間 / 11:30~13:30LO(14:00)、17:00~20:30LO(21:00)

定休日 / 日曜

(うまいめし/ 中島 茂信)

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