「きょう限りで私は死んだ」小学校から追放、人としての尊厳を踏みにじられた…偏見、差別と戦い続けたハンセン病元患者75年ごしの卒業式

ハンセン病と診断され、小学校を卒業できなかった87歳の男性の卒業式が75年の時を経て、2023年6月に行われた。

【写真を見る】「きょう限りで私は死んだ」小学校から追放、人としての尊厳を踏みにじられた…偏見、差別と戦い続けたハンセン病元患者75年ごしの卒業式

私自身、中学・高校の授業でハンセン病の症状や後遺症、当時の社会での強い偏見や差別について学ぶ機会があり、「現代では考えられない」と強い衝撃を受けたことを覚えている。しかし、偏見と差別はまたも、コロナ禍で繰り返された。根底にあるものとは、いったい何なのか。

「病気になったおかげでいまの幸せを掴んだと思っている」と語るハンセン病元患者の石山春平さん

「ハルヘイ、シス」

「卒業証書、石山春平」

石山春平さん(87)=神奈川県在住=。75年前にもらえなかった小学校の卒業証書を受け取った。

石山さんはいまから75年前、現在の静岡県御前崎市の小学校に通っていたが、6年生の時、ハンセン病と診断され、退学させられた。

<石山春平さん(87)>

「先生が僕を学校から追い出す時は、足で腰を思いっきり蹴られたの。そしたら、先生がね、石山は汚い病気にかかった、汚い病気にかかったから、お前たち触っちゃいかんって」

学校を追い出された後、石山さんが教室で使っていた机や椅子はすぐに燃やされてしまったという。

石山さんは、家族に迷惑をかけたくないという気持ちや孤独から山の中に入り、「ハルヘイ シス」と近くの木に彫って、農薬を飲んで死のうとした。

農薬を口にする直前に死後の世界が怖くなり、思いとどまったが、その瞬間から「きょう限りで、石山春平は死んだ」と考えることで、心に区切りをつけたという。

国も誤りを認めたが…

かつて「らい病」といわれたハンセン病は、「らい菌」によって感染し、熱い、冷たいなどの感覚を失ったり、治療が遅れた人は顔や手足に後遺症が残ることが多く、それが偏見につながった。

特効薬の登場により、ハンセン病が治る病気となってからも、国は明治時代に作った法律を形を変えながら残し、患者の隔離を続けた。

2001年、裁判所は国が誤った法律に基づいて、ハンセン病患者に著しい人権侵害を行ったと認定。国も誤りを認め、当時の小泉純一郎総理大臣が元患者に直接謝罪した。

石山さんも15年間、世間と隔てられた生活を送ったのち、障害者施設などで働き、家庭ももうけた。

<石山春平さん(87)>

「6年生を修了させてくれたらうれしかったなって思ったけど、追い出されちゃったからね。よほど悪いことしなきゃ、学校から追い出されるっていうのはあり得ないですよ」

石山さんを支援する人たちは、石山さんに小学校を卒業してもらい、名誉を回復してほしいと静岡県や御前崎市に働きかけ、ようやく卒業式が実現した。

「病気のおかげでいまの幸せがある」

たった一人の卒業式には、当時の同級生も駆けつけた。

「顔見ただけじゃ分からないな」

「なみちゃんだよ、なみちゃん」

「ああ、なみちゃん、きょうはありがとね」

<石山さんの同級生>

「元気になってよかった」

「長い間大変だったなって」

「おめでとう」

<石山春平さん>

「一般の人から見ると大変な思いをして大変だったろうねって思うけれど、私は病気になったおかげでいまの幸せを掴んだとそう思っています」

しかし、国の政策で隔離され、人間の尊厳を踏みにじられてきた元患者たちの歴史が終わったわけではない。

亡くなって後も付きまとう偏見、差別

いまも、全国には14の元ハンセン病患者が生活する施設が残り、812人が入所している(2023年5月1日時点)。治療が終わった現在も、家族と離れた生活を送らざるを得ない人たちがいるという現実がある。

静岡県内に2つある療養施設のひとつ、国立駿河療養所(御殿場市)は1945年、人里離れた山の中に作られた。最も多い時には470人が暮らし、78年経ったいまも38人が留まっている。

駿河療養所の自治会長を務める小鹿美佐雄さん(81)。小学4年生の時にハンセン病を患い、治療後もここで生活を送っているという。

<小鹿美佐雄さん(81)>

「自分に自信が持てなくなってしまうこともあるんじゃないかなと思うんですよね。いろんなことをやっても、あいつはハンセン病だからっていう形でそういうのが大きな障害になってる」

駿河療養所には、ここで生涯を閉じた人たちが眠る納骨堂がある。納められている遺骨の数は全部で321。実家の墓に入ることすら許されなかったという。

亡くなった後も付きまとう偏見や差別。令和の世で、今度は新型コロナで顕在化した。

コロナ禍でも繰り返された

<国立駿河療養所 北島信一所長>

「病気の名前は違うが、かつてハンセン病に罹患した方々やその家族が受けた差別と共通するものがある。教訓が生かされていなかった。今回、新型コロナが同じようなことが繰り返されている」

正体が分からないものに相対した時に、差別や偏見が生まれる。SNSが普及した現代、正しい情報を入手しやすくなった一方で、偏った意見やデマに触れる機会も大幅に増えた。

声高に発信する人の意見に、身を委ねることは楽だが「本当に正しい情報なのか」「自分はどう思うのか」を改めて考え続けなければ、暗い歴史は繰り返される。

「最も感染力の弱い感染病」といわれ、治療法が確立されてからすでに40年以上経ってもなお、人目につかぬ場所でひっそりと暮らし続ける元患者の姿を目の当たりにし、「正しい知識を持ち、正しく恐れる」ことをどう伝えていくべきなのか。私はきょうも、自問自答を繰り返している。

(静岡放送・竹川知佳)

© 静岡放送株式会社