「譲るべき時」にどうするか

 何年か前、東京出張の時に見た、電車の中の光景を覚えている。混んだ車内で、小さな子ども2人を連れて若いお母さんが立っていた。そばの優先席から、年配の女性が腰を上げながら話しかける。「あら大変ね、お座りなさいよ」▲つられるように、隣の若い人も席を譲った。優先席の二つが空き、1人を抱えるお母さんと、もう1人の子どもが並んで座った。鮮やかな“一件落着”に感じ入った覚えがある▲バスや電車には高齢者、体が不自由な人、妊婦、小さな子ども連れの人のための優先席がある。それ以外の人が座る場合もあるが「譲るべき時」にさっと譲ったからこそ、目に鮮やかに映ったのだろう▲欧州の東の小さな国、ジョージアの駐日大使のツイッターの写真がちょっとした議論を呼んでいるという。普段着で電車の優先席に座っている。「空いてるならわざわざ優先席に座らなくても」と難じるコメントが寄せられた▲大使はコメントでこう切り返した。「大切なのは、必要とする方が来たときに率先して譲る精神です」▲「譲るべき時」に譲ればいいか、そもそも優先席にはなるだけ座るべきではないのか。皆さんはどうお考えだろう。あの「お座りなさいよ」のひと言は、気さくだが周りへの目配りや心配りに満ちていたのだと、今にして思う。(徹)

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