「Bringin’ It」(2017年、MACK AVENUE RECORDS) 爽快で豪快なサウンド 平戸祐介のJAZZ COMBO・27 

「Bringin’ It」のジャケット写真

 長崎の街並みは紫陽花(あじさい)と共に一番美しい時期を迎えています。一方、梅雨で気分もイマイチという人もいるかもしれません。そんな季節を忘れさせてくれるアルバムをご紹介します。
 現代ジャズベース界の最高峰に君臨するクリスチャン・マクブライドの2017年録音のビッグバンド作品「Bringin’ It」は、全編にわたって爽快かつ豪快なビッグバンドジャズが展開されています。
 古き良きジャズの香りを踏襲しつつ先鋭的で斬新な表現は、まさに“伝統と革新”のお手本のようなサウンド。だからといって難しいジャズの要素は一切ありません。初心者から耳の肥えたジャズファンまで、心の底から楽しめるアルバムだと思います。
 1990年代初頭、マクブライドは驚異的なテクニックを携え10代の若さで彗星(すいせい)のごとくシーンに登場。トランペッターのフレディー・ハバード、ピアニストのチック・コリアら多くのジャズジャイアンツと共演を重ねます。ベーシストとしては珍しく作曲、編曲、サウンドプロデュースのすべてを高い次元で表現できる現代でもまれなアーティストの一人。今やグラミー賞の常連でもあります。
 自身の音の探求も欠かしません。さまざまなプロジェクトを抱えながら数多くのリーダー作品をリリースしています。その姿勢は後進アーティストの目指すべき道としてランドマーク的な存在になっています。
 「どうしたらジャズがますますカッコよく聴こえるか」「どうやったらもっとファンに楽しんでもらえるか」。マクブライドはこの二つのテーマをいつの時代も掘り下げ、その心意気はどの作品においても強く感じます。
 さらに世界的に著名であるにもかかわらず、非常に温かな人間性の持ち主です。私はニューヨーク留学中に一度、サインをねだったことがあります。演奏終了後の帰宅の途に就く間際でしたが、笑顔でサインに応じ、ハグまでしてくれました。今でも胸が熱くなります。
 近年は動画配信などを駆使し、若い世代へのジャズ教育や普及にも力を入れています。どこまで器が大きいのだろうと感動さえ覚えてしまいます。「音楽(ジャズ)はその人の性格がそのまま音として出る」とはよく言ったもの。マクブライドの音をよく聞いてみてください。一音一音が力強くも温かで、勇気をもらえます。
 「音は人が奏でるもの」。雨の季節にも爽快な気分になれるこのアルバムは、忘れかけていたものを呼び覚ましてくれるようです。(ジャズピアニスト、長崎市出身)

© 株式会社長崎新聞社