神戸での5年、口癖は「おつかれー、また明日」 用具担当が見たアンドレスの素顔「負けた時は…」

練習場でイニエスタ(右)を出迎える神戸の荒井琢也マネジャー=3月14日、神戸市西区のいぶきの森球技場

 J1ヴィッセル神戸のアンドレス・イニエスタ(39)が、7月1日の北海道コンサドーレ札幌戦を最後に退団する。用具管理などでチームを陰で支える荒井琢也マネジャー(29)は、世界的名手の入団時から間近に接してきた。神戸で過ごした5年間、練習場やクラブハウス、ロッカールームで見せた素顔を教えてくれた。

 

毎朝、握手とハグの力が強い

 「おはよう、ちゅう(荒井さんの呼び名)」。神戸市西区のいぶきの森球技場で練習の準備をする荒井さんの肩をちょんと突く。イニエスタが自ら駆け寄ってスタッフに声を掛ける姿は、入団時から変わらないという。

 「毎朝、握手とハグの力が強いんですよ」と荒井さん。あいさつは愛情深く、日本語の口癖は「おつかれー、また明日」。そう言ってクラブハウスを後にする。ちなみに試合時の円陣のかけ声は「いくぞ!」だ。

 

シューズは練習と試合兼用

 荒井さんは選手のパフォーマンスに大きく影響する試合用スパイクのケアも任されている。多くの選手が試合と練習でスパイクを分けるが、イニエスタは兼用。同じスペイン出身のセルジ・サンペールや今季新加入の井出遥也ら、チーム内では少数派だ。

 「足になじんだ感覚を大事にする選手は練習から同じものを履きます。アンドレス(イニエスタ)はモデルチェンジなどを除くと、交換するのは年平均3、4回ほど。長く履くイメージがある」。試合前日の練習が終わると、靴ひもをほどいて汚れを落とし、オイルを塗って保湿。クリームでつやを出し、万全の状態に仕上げる。

 

ボールはけが防止で軟らかく

 練習で使用するボールの空気圧を一定に調整する作業も、用具係の大事な役目だ。多くのチームは公式戦と同じ空気圧で練習するというが、神戸はイニエスタの加入後、練習球の空気圧を低くしているという。スペイン1部バルセロナ在籍時からイニエスタをサポートし、現在は神戸のスポーツパフォーマンスアドバイザーを務める理学療法士エミリ・リカルトさん(62)から「ボールが硬いとけがのリスクが高まる」と助言があったからだ。

 空気圧が下がると、ボールは蹴りやすくなる。練習試合で対戦した相手から「ボール、軟らかくないですか」と指摘されたこともあったとか。それでも「今の順位にいるし、試合に影響はしていない。今思えば、足に優しくボールを軟らかくするのは、けが防止の観点からありだと思います」

 

ロッカールームは中心に配置

 試合日はキックオフの6時間前にスタジアムに入り、ロッカールームに各選手のユニホームを用意する。「ロッカーの並び順を決めるのに毎試合悩む」と荒井さん。先発メンバーをGKからFWまでポジション順番に並べるのが定石だ。通訳中に言葉が交ざらないようにするため、外国人選手は端にすることが多いが、イニエスタはチームの支柱。昨シーズン途中から、先発時はロッカールームの中心に配置するようになった。

 ロッカールームではどのように振る舞うのか。「負けた時は怒ります。ただ、誰かに対して怒りをぶつけることはない」。本拠地の芝の状態が悪く足を滑らせる選手が続出し、チームが勝てなかった時期はピッチに対する文句を口にすることもあったが、たとえ負けが続いても「変わらずやっていこう」とチームを鼓舞する姿勢は揺るぎなかった。

 

疲労回復はナッツで!?

 試合後のロッカールームには、酷使した肉体の疲労回復や栄養補給を素早く行うため、おにぎりやフルーツなどが用意されている。弁当などをガッツリ食べる選手もいれば、疲れて食欲のない選手も。イニエスタはどうか。「ナッツをよく食べています」

 イニエスタの特製ドリンクもある。毎試合、荒井さんが冷えた500ミリリットルのスポーツドリンクを2本用意し、専属トレーナーのエミリさんが「粉」を入れて完成。ベンチ前に常備しているという。

 

ビジャと相席「心からの笑顔」

 加入当初のイニエスタは、自ら歩み寄るのとは裏腹にチームメート側に遠慮があったのか、心を許せるスペイン人選手もおらずどこか寂しそうだった。しかし2年目、スペイン代表の黄金期をともに築いたダビド・ビジャが加入すると一転した。ビジャといる時には「心からの笑顔が見られた」と荒井さん。遠征では常に一緒。試合に向かうバスでは通常は4列シートを1人2席で使うが、2人は1席ずつ隣同士に座り、よくiPadのゲームを楽しんでいた。「バスの中でよく叫んでいましたね」と懐かしむ。

 

移動日も決まって家族と昼食

 イニエスタは5人の子供を育て、家族思いで知られる。例えばアウェーの移動日。午前中にいぶきの森球技場で練習をし、午後にはチームバスが敵地に向けて出発する。昼食はクラブハウスに用意されているが、練習後、バスの出発時間までの合間を縫って自宅に帰る。家族と昼食を取ってから練習場に戻ってくることがしばしば。「行動から、家族を大事にしていることが伝わってきます」

 

ミニチュアトロフィーを特注

 荒井さんにとって5年間で最も印象深いことは「初めてのタイトルをもたらしてくれたこと」だ。イニエスタを中心にトーナメント戦を勝ち上がり、2020年元日の国立競技場でサポーターとともに歓喜に沸いた天皇杯全日本選手権優勝は、選手だけでなくスタッフにも思い出深い。天皇杯のトロフィーは一つしかないが、イニエスタがミニチュア版を特注し、全員分用意してくれた。ワールドカップ優勝をはじめ、欧州で数々のタイトルを獲得した世界的司令塔にとっても重要だったのだろう。天皇杯翌月の富士ゼロックス・スーパーカップで初優勝した時も同じようにミニチュアを用意。「チームみんなで分かち合いたいというアンドレスの気持ちが詰まったプレゼント」と感謝する。(尾藤央一) 【あらい・たくや】1994年2月11日生まれ。広島県庄原市出身。小学5年からサッカーを始めた。ポジションはセンターバック。体育教師を目指していた鹿屋体育大3年時にヴィッセル神戸にインターンを経験。鹿児島キャンプでも裏方を務め、2016年からマネジャーとして加入した。19年からエキップ(用具管理)としてユニホームやスパイクの管理を任されるように。あだ名は「ちゅう」。由来は「ザ・ドリフターズ」元メンバーの荒井注さんから。神戸の公文栄次ポルトガル語通訳が命名したという。背丈はイニエスタ(171センチ)とほぼ同じで、靴のサイズ(26センチ)も同じ。衣服や靴のお下がりをもらうことも。

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