滝廉太郎居住地跡、案内板を序幕 研究会、没後120年で富山・丸の内に設置

案内板を紹介する中村理事長=富山市丸の内

 県内の有志でつくる滝廉太郎研究会は滝の没後120年を記念し、滝が少年時代を過ごした富山市丸の内2丁目に「居住地跡案内板」を設置した。滝の命日である29日、除幕式を行い、会員や住民らが近代日本を代表する作曲家と富山との関わりを広く伝えると誓った。

 案内板はアームストロング青葉幼稚園の敷地内に設置された。滝が1886(明治19)年、7歳で東京から富山市に引っ越し、約2年を過ごしたこと、当時の住まいや学校の場所など、写真や地図を交えて記されている。

 同会の中村孝一理事長と幼稚園の奥原望理事長が除幕し、市内の女声合唱団「さくらコーラス」が「花」「荒城の月」を歌い上げた。中村理事長は「少年時代の富山での暮らしが、数々の名曲につながったと考えられる。多くの人に歴史を知ってもらい、地元の誇りになればうれしい」と話した。

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