「準硬」って知ってる?甲子園常連校の監督も勧める「大学準硬式野球」という選択肢 競技性追求しつつ、勉強に励みキャンパスライフも満喫

山形大医学部準硬式野球部の部員たち=3月7日

 「準硬」という言葉をご存じだろうか。聞き慣れないかもしれないが、準硬式野球の略で、プロ野球の「硬式」、少年野球で主流の「軟式」と並ぶ野球競技の一つだ。外側は軟式、中は硬式に近い特殊なボールを使い、大学を中心に浸透している。多くのプロ野球選手を輩出し、競技としてのレベルも高いが、魅力はそれだけではない。選手の自主性を重んじる「学生主体」の文化があり、勉強や私生活の時間も確保しやすい。「大学では野球だけでなく、人生の選択肢を増やして」。甲子園出場常連のあの強豪校監督も、教え子に準硬式という選択肢を提案している。(共同通信=内藤界)

 ▽半分硬式、半分軟式

 準硬式のボールは、表面を軟式のように天然ゴムで覆い、内部は硬式同様、コルクや樹脂を混ぜ固くした芯が入る。「硬式に近い感覚の野球を身近に楽しめるように」と、兵庫県明石市の「内外ゴム」が1949年に開発。現在、全日本大学準硬式野球連盟に約270校、約9400人が加盟する。中が空洞の軟式球に比べ打球が飛ぶため、プレースタイルは硬式に近い。大学では木製バットを使う硬式に対し、金属バットが主流だ。大阪府では、一部の中学校が部活動に採用。プロ野球で活躍した巨人ファーム総監督の桑田真澄さんも、中学時代に大阪で準硬式を経験している。

 ▽野球も勉強も

 「野球も頑張れて、勉強にも時間を使える。『準硬』だからやり遂げられました」。同志社大準硬式野球部で副主将を務めた菅野豪琉さん(23)はこの春、誰もが知る大手企業に入社し、営業職として新生活を始めた。高校野球の強豪・花巻東高硬式野球部(岩手県花巻市)時代は春夏ともに甲子園に出場。大学でも1年時から外野手として活躍しながら勉強にも励み、英語検定試験「TOEIC」の点数は800点台を取るまでに成長した。
 文武両道を可能にしたのは、準硬式野球独特の文化だ。同じ大学野球でも、硬式は、プロや社会人野球を目指す選手が多く所属し、寮住まいやアルバイトの禁止などを求められることもある。ただ部活動漬けの大学生活を送っても、部員100人以上の大所帯が少なくない環境で、表舞台に立てる選手は一握りだ。

2021年9月、練習する同志社大準硬式野球部の菅野豪琉さん=京都府京田辺市

 一方、準硬式は私生活の制限が少ない大学が多い。チーム規模も小さいため、自然と出場機会にも恵まれやすく、運営や采配など学生の自主性を重視する傾向がある。高校までの指導者が主体となる「やらされる野球」から、学生主体の「考える野球」に切り替わることで、部員の責任も重くなる分、やりがいも大きくなる。
 軟式にも似た文化があるが、ボールが空洞で打球が伸びず、硬式になじんだ選手はプレースタイルが変わるとして敬遠することが多いという。開発した内外ゴムの「硬式に近い感覚の野球を」との思いは、多くの球児の心をつかんできた。

 ▽人生の選択肢を

 高校時代の菅野さんを指導し、同志社大準硬式野球部に推薦した、花巻東高硬式野球部の佐々木洋監督(47)に話を聞いた。
 同高は春夏計14回、甲子園に出場し、米大リーグの大谷翔平選手らプロも輩出した言わずと知れた名門。それでも、佐々木さんは教え子たちに対し「野球だけしていても何もならない。時間に余裕がある大学で人生の選択肢を増やし、将来の幸せをつかんでほしい」と伝えているという。
 原点にあるのは、自身の挫折だ。「野球で失敗して良かったんですよ」。佐々木さんはそう過去を振り返る。
 岩手県立黒尻沢北高(北上市)を卒業後、国士舘大で硬式野球部に入部。当初はプロや社会人チームを目指したが、部内の競争は激しかった。野球で就職できるほどの成績は残せず、進路を指導者に変更。大学でつかんだ一番の「人生の選択肢」は「教員免許」だった。

岩手・花巻東高硬式野球部の佐々木洋監督=2021年11月、東京都町田市

 この経験から、教え子には「大学でアイテムを増やせ」と伝える。大学の4年間を全て野球に捧げるのではなく、残りの人生の選択肢を増やす機会にしてほしいからだ。菅野さんの場合、プロには届かないが実力は十分で、積極的に勉強に取り組む姿も見てきた。野球をしながら将来への準備も十分できると、菅野さんをはじめ、多くの選手に準硬式を勧めてきたという。

 ▽医師の卵、快進撃

 3月上旬の山形市。きれいに雪が溶けたグラウンドで、山形大の医学部準硬式野球部員が汗を流した。「やっぱり外だと気持ちが入ります」。体育館で調整する冬が終わり、主将で4年生の尾形季洋さん(22)は笑う。
 学年を越えて和気あいあいとした様子だが、昨年の東北地区秋季リーグ戦では創部初の優勝。春季リーグは2位で惜しくも優勝を逃したが、念願の全国大会の切符をつかんだ。「全国大会は目標にさえしていなかった舞台。すぐに実感は湧かなかったです」と尾形さん。9月の大会に向けて、汗を流す日々を送る。
 6年生までの選手は全員が医学部医学科で、医師を目指す。これまで東日本の医学部生だけが参加する大会を主戦場としてきただけに、私立の強豪校を含め計6校が争うリーグ戦での優勝は快挙だ。元々自信があった打線を軸に、課題の守備を改善。バントなど小技も磨き、「頭を使った野球」(尾形さん)で勝ち抜いた。

山形大医学部準硬式野球部で、主将を務める尾形季洋さん(右)=4月8日

 新潟県の公立高で硬式野球に打ち込んだ2年生の富沢勇斗さん(22)は、3年間の浪人を経て入学した。他の学部では目立つ「3浪」でも「医学部は現役入学の方が珍しい。年齢ではなく学年で接してくれるので、気も遣わなくていい」と話す。中学生でやめた野球を再開する選手や、全くの初心者も所属。実力や体力などの不安で、硬式でプレーする自信がない選手たちの受け皿になっている。
 準硬式野球部がある大学医学部は多い。日頃の授業や試験に加え、4年時からは実習や国家試験の準備が本格化し、白衣をまとう時間も増える。硬式は難しくても、野球をやりたい学生の受け皿となっている。関西や九州には医学部や歯学部、薬学部だけでつくる「医歯薬リーグ」もある。
 山形大では、平日の練習は夕方以降が中心で、日中は勉強に集中できる。全員が同じ学部なので、練習時間や試合日程を組みやすい。練習の合間は、「授業や試験の話題で持ちきり」(尾形さん)だという。

試合に臨む、山形大医学部準硬式野球部の選手たち=4月8日

 ▽「野球好き」にこそ

 野球を含めた大学スポーツは、学業と部活動の両立が課題。「大学スポーツ協会(UNIVAS)」の担当者は「大学は学ぶための場所。プロになれるのは全体の数%で、学生は文武両道を目指してほしい」と話す。
 準硬式の普及は知名度の向上が鍵になりそうだ。全日本大学準硬式野球連盟によると、大学の競技人口は長年9千~1万人と横ばいで、硬式の3分の1程度。連盟の長島幸雄さん(69)は、準硬式は入部テストを課す大学は少数で、希望者はほぼ入部できると説明。「『野球が好き』という純粋な気持ちの子が、野球に取り組める」と、高校での普及活動などに取り組んでいる。

全日本大学準硬式野球連盟のホームページ

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