哀しみは添ひて潜める

 歌人の窪田空穂(うつほ)に「哀(かな)しみ」を詠んだ1首がある。〈哀しみは身より離れず 人の世の愛あるところ添ひて潜める〉。哀しみはすぐそばに潜んでいて、不意を突くように現れ、離れない。不慮の出来事で近しい人を失ったような人には、心に染みる歌かもしれない▲長崎市で4歳の男の子が中学1年の男子に誘拐され、幼い命を奪われた事件から20年たった。「愛あるところ」を不意に哀しみが襲った事件に、心を痛め、凍らせたのを思い起こした人もいるだろう▲「少年の心の闇」と書いて、それで終わりにしない。事件を取材した当時、自分にそう言い聞かせていた覚えがある。捜査機関や家裁をはじめ、事件に関わった人々が心を砕いたのは、心の闇を照らすことだったに違いない▲この事件を含む重大少年事件の記録が裁判所で廃棄された問題は、闇を照らした火を自ら吹き消したに等しい。少年審判では、男子生徒が育った環境も、心の状態も細かく調べ、処遇が決められた▲その中身を克明に刻んだはずの記録が消えたのはなぜか。「社会の耳目を集めた事件ではない」と判断されたから-という説明に、今更ながら目を疑う▲哀しみの種はどこかに隠れている。経験から知恵を紡ぎ、気配を察し、分かち合って「添ひて潜める」ものに備え続けるしかない。(徹)

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