女性に抱きつき有罪判決、障害者の被告は意思表示できず 親と絶縁、福祉支援なく

大津地裁

 雨雲が湖国の空を覆った昨年8月末、大津地裁の法廷。刑務官に促され、男(30)がたどたどしい足取りで証言台に立つ。裁判官が「聞こえますか」と尋ねる。無反応。「話したくないのか、話せないのか。意思表示が難しいですか」。また、無反応。続いて検察官と弁護人が問いかけても、全く応答しない。

 弁護人は「『黙秘』のままで進めてほしい」と要望した。被告人が一言も発しないまま審理が始まった。

 事件は昨年5月6日、滋賀県草津市のJR南草津駅前で起きた。被害者は19歳の女性。友人2人と路上で談笑していると突然、背後から男に抱きつかれ、体を触られた。手で振り払うと、男は立ち去ろうとしたが、友人が追いついて「痴漢しましたよね」と詰問。男は「あ、はい」と応じたので、そのまま交番に連れていかれた。

 男は事件の前に、自閉症スペクトラム障害や広汎性発達障害と診断されていた。大津地検は、取り調べ時に受け答えできていたことなどから、刑事責任が問えると判断して起訴した。ところが、男は法廷で言葉を発することができなかった。弁護人は裁判を受ける能力の有無を調べるため、精神鑑定を請求した。

 鑑定を終え、公判が再開したのは今年2月。男はコミュニケーションをとれるようになっていた。鑑定期間中に精神状態が回復したようだった。しばらく前から親と絶縁状態で、福祉の支援も受けていなかったとみられる。被告人質問で「突然抱きつかれたらどう思うか」と聞かれて「びっくりします」、動機を問われると「抱きつけと指示があった」などと説明した。

 検察官によると、男は事件の約2カ月前にも、スーパーで女性の体を触ったという。その際、警察官と「女性に勝手に触らない」と約束したにもかかわらず、また、他の女性に抱きついてしまった。法に触れる行為だと分かっていたのだろうか。

 2月22日、懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決が男に言い渡された。「被害者は怖い気持ちになっています。人にそんな思いをさせないように生活してください」。裁判官の語りかけに男は「はい」と素直に応じた。今後は福祉機関のサポートを受け、親との関係も修復を図るという。

 この日は次第に雲が減り、晴れ間が広がった。雨の中を一人、ずぶぬれで立っていた男に、誰かが傘を差し出すような社会になるだろうか。

■「性」タブー視に課題、滋賀では先進取り組みも

 「障害者に『性』を教えるのはタブー視されてきた」。滋賀県で障害者支援に携わる女性は、「理解できないだろう」という誤った考えから障害者に性的行為の意味を教えてこなかった社会環境を問題視する。

 タブー視は、犯罪抑止の点でも影を落とす。性的問題行動の治療プログラムでは一般的に、物事の捉え方や考え方の癖、自分の行動をコントロールする能力などを把握し、改善していく認知行動療法を活用することが多い。ただ、数ある判断要素を一つ一つ理解する必要があり、障害がある犯罪者への配慮は必ずしも十分ではなかった。

 この現状に問題意識を抱いたのが、白梅学園大の堀江まゆみ教授(発達障害心理学)らの研究グループだ。堀江教授がモデルにしたのは、英国で認知行動療法と専門職チームの支援を組み合わせて実践されている性犯罪再犯防止プログラム。5年前、このプログラムを応用し、障害者らによる性的問題行動を未然に防ぐことを視野に入れたプログラム「Keep Safe」を編み出した。

 Keep Safeでは、心理系の専門家と福祉関係者、教育者、司法機関が連携して、障害者の思考法に配慮しながら、約1年をかけて行動の善悪や、感情の抑制にどういう行動を取るべきかを教える。さらに、今後どんな人生を送りたいか明確にし、犯罪のブレーキとしてもらう。

 これを先進的に取り入れた地域の一つが、滋賀だ。滋賀は、司法と福祉の両面から関係機関が連携し、性犯罪に限らず事件に関わってしまった障害者や高齢者を支援する土壌があった。

 今回の事件で、被害者の受けた恐怖は大きく、男の行為は決して許されるものではない。一方で、処罰するだけでは何も解決しない。新たな被害者を生まないために、適切なサポートを受けられるようになってほしい。

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