社説:鉄道車内の安全 「密室」の危険どう減らすか

 大勢が乗り合わせる「走る密室」でどうすれば安全を守れるのか。犯罪抑止と避難の両面で取り組み強化が求められよう。

 2021年に東京都の小田急線と京王線で、走行中の電車内の乗客が襲われた事件の公判が先週、相次いで始まった。

 いずれも社会で孤立を深めた容疑者が無差別大量殺人を行おうとした構図が浮かび上がっている。乗客を刃物で切りつけ、油に火を放ったとされ、それぞれ10人以上が重軽傷を負った。

 小田急事件の容疑者は、密室になる時間が長く、多くの乗客を殺せると考えて普通電車から快速急行に乗り換えたという。逃げ場のない鉄道車両内の閉鎖性が狙われたといえる。

 相次ぐ事件を受け、有識者や鉄道事業者と対策を検討してきた国土交通省は先月、主に新幹線や乗客数の多い大都市の路線を対象に、新造の車両内に防犯カメラ設置を義務付ける方針を打ち出した。秋にも省令を改正する方向という。

 車内カメラの設置は痴漢、すりを含め犯罪抑止に加え、鉄道職員らが車内の状況を迅速に把握できる効果が見込まれる。

 既に新幹線は15年の放火死傷事件後、東海道と山陽のほぼ全車両に設置している。

 国内全体の設置率は約40%で、JR在来線は首都圏の100%に対し、京阪神地区は50%程度。京都市営地下鉄は今年1月から烏丸線新型車両で初導入など、ばらつきが大きい。録画のみやリアルタイム監視対応など、事業者ごとに仕様、運用もまちまちだ。

 設置にはプライバシー侵害の懸念が付きまとう。映像の閲覧者やデータの保存期間、警察を含め外部への提供について不安を抱く利用者は少なくない。

 JR東日本は昨年、重大犯罪で服役した出所者を防犯カメラの顔認証で検知する計画が、人権問題との批判から撤回に追い込まれた。

 国交省は、防犯効果を理由に義務化の具体的基準を公表していない。なし崩しにせず、運用実態の情報開示や第三者によるチェックなどで利用者の理解を得ることが欠かせない。

 ただ、凶行自体はカメラ設置で防ぎきれない。事件が起きた際、素早く無事に客を避難させられるかどうかが問われる。

 京王線の事件では、緊急停車した位置がホームのドアとずれたため乗員は車両ドアを開けず、乗客の一部は窓から脱出するなど混乱した。

 国交省は対策で、緊急時は速やかに適切な場所に停車させ、位置がずれてもドアを開ける基本方針を鉄道各社に示した。非常通報装置、ドアコックの位置や扱い方の分かりやすい表示も求めた。

 大勢が行き交う利用客の手荷物検査などは非現実的だろう。さまざまな事態を想定して被害を最小化する対応力と訓練、利用者の備えも不可欠だ。

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