トイレ利用に苦心…トランスジェンダー LGBT理解増進法巡り中傷やSNSデマ「『心は女性』主張の男性が…」

法律の問題点を指摘するトランスジェンダーのいよたみのりさん=尼崎市内

 「女子トイレや女湯に『心は女性』と主張する男性が入ってくる」-。LGBTなど性的少数者への理解増進法(6月23日施行)の国会審議の過程で、そんな中傷やデマが交流サイト(SNS)を中心に広がった。「犯罪者と混同せず、どうか生身の当事者と対話してほしい」。生まれた体と自認する性が異なるトランスジェンダーのいよたみのりさん(55)が、取材に胸の内を語った。(名倉あかり)

 いよたさんは、性的少数者や支援者でつくるNPO法人「ミックスレインボー」(兵庫県尼崎市)の理事長を務める。生まれながらの性は男だが、幼少期から違和感を抱いていた。

 小学生の時、与えられた黒色のランドセルが嫌だった。外で遊ぶより、先生がピアノを弾いているのを見るのが好きだった。母親のスカートをこっそりと履いてみたこともある。しかし、時代はまだ「昭和」。性的少数者に関する情報は全くなく「誰にも言っちゃいけないこと」と、心にふたをした。

 20代。親の期待に応えたいと、男性の立場で女性と結婚し、子どもを授かった。しかし、夫婦関係はうまくいかずに40代で離婚。「自分らしく生きたい」とホルモン治療や、精巣の摘出手術を行って昨年、54歳で戸籍を女性に変えた。

 男女どちらのトイレを利用するか-。手術をする前には、ずっと悩んできた。

 髪の毛を肩くらいまで伸ばし、うっすらと化粧をして男子トイレを使っていると、驚いてトイレから出て行く人がいた。隣の小便器に立った高齢の男性が、全身をまじまじとながめ、のぞき込んで性器を確認してきたこともあった。

 「これはあかん」と、多目的トイレを利用するようになったが、トイレを出た後に車いすの人が待っていたことがある。「選択肢が一つしかない人の場所を奪っている」と申し訳なく思った。

 自分の思いだけでなく、他者からも女性として認識されるようになり、映画館のレディースデーに女性料金で鑑賞できるようにもなった頃、「自分を許せた」といういよたさんは、初めて女子トイレを使い始めた。音を立てないように座って用を足し、外見だけでなく所作にも注意を払った。

 「トランスジェンダーがトイレに入ることで、女性や男性をびっくりさせたり、不安にさせたりしてはいけない」

 使う時には、男性なら男性、女性なら女性というように、第三者から見ても外見上の性別が一致している必要があるとし、当事者の集まりでも見た目や使用中の配慮を怠らないよう呼びかけているという。

 LGBT理解増進法の成立過程で、トランスジェンダーの権利を守ることが女性の安全を脅かすとの言説には胸が痛んだ。問題なのは「性別を偽る犯罪者」であり、トランスジェンダーではない。女性との分断をあおる人々に当事者の葛藤がどうすれば届くのか、に頭を悩ませている。

 新法そのものには「国が性的少数者の活動に制限をかけるための法のように思える」と批判する。

 中でも自身の経験から気になるのは、学校教育に関する条項だ。生徒の理解増進に努めるとの条文に「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得て」-という一文が追加されたため、「周囲の大人が一人でも反対すれば学校が萎縮し、教育そのものが止まってしまう」と危惧する。

 小学校には講演でよく訪れる。そして授業の後には「実は私も」と声をかけてくれる子もいるという。

 新法にこう願いを込める。

 「骨抜きの法律だけど、性自認に悩む子どもたちの将来も含め、改めて性的少数者の人権について考えるきっかけになってほしい」 【LGBTなど性的少数者への理解増進法】基本理念を「性的指向(好きになる性)やジェンダーアイデンティティ(性自認=自分が認識する性別)を理由とする不当な差別はあってならない」とし、国や地方公共団体、企業、学校が必要な施策や環境整備などを進めるよう明記した。ただ、「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」などの条項もあり、多数者が認める範囲内でしか少数者の人権が認められないのでは、と懸念されている。

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