<カビの生えた病棟で>兵庫・神出病院虐待事件3年 雨宮処凛さん「弱い者がさらに弱い者をたたく構図に思える」

作家の雨宮処凛さん

 「意思疎通を取れない人間は安楽死させるべきだ」と主張したのは、2016年に相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人を殺傷した植松聖死刑囚だ。一方、神出病院で虐待に関与した看護師らは「患者を人とてみていなかった」と語った。なぜ障害者を差別する事件はなくならないのか。相模原殺傷事件を取材してきた作家の雨宮処凜さんに聞いた。

■弱い者がさらに弱い者をたたく

 -二つの事件の共通性は。

 「精神障害者への虐待事件は環境による影響が大きい。植松死刑囚も施設で働き始めた頃は『障害者はかわいい』と言っていた。それが車いすに一日中、縛られている障害者の姿を見て『かわいそうだ』となり、突然『殺す』に飛躍した。この飛躍はありえないが、ずっと縛り付けられている人を見て、生きる意味があるのかと考えがよぎってしまうのは理解できる」

 「相模原の事件後、別の施設に移った障害者が障害に対する深い理解を持ったプロの職員にケアされて、症状が改善した人たちを何人も見た。入所者は日中は作業をして『お疲れさま』と感謝され、生き生きと暮らしていた。ここなら植松死刑囚は『かわいそうだ』と思わなかったろうなと思った。まずは環境の改善が必要だ」

 -神出病院でも職員らの再生の取り組みが始まっている。

 「神出病院で虐待していた看護師らもある意味で、被害者性があった。彼ら自身も組織からは『人』として見られておらず、弱い者がさらに弱い者をたたく構図に思える。組織を中から変えるのは限界があり、研修などで外部の目を入れる必要があるだろう」

■自己責任という価値観がみんなを苦しめている

 -なぜ精神科病院や施設で虐待事件が続くのか。

 「家族や社会から見捨てられるような形で入所しているケースも多い。そういう人には際限なく何してもいい、と麻痺していく。社会の矛盾が凝縮している」

 「相模原事件が起きた時、もっと社会に怒りがうずまくと思った。でも、その後に(障害者を虐待する)事件が起きても、一貫して社会の反応は鈍い。『生産性』や『効率性』という価値観が社会を覆ってしまっている。『日本は財政難だし、しょうがいないよね』という言葉がすごく力を持っている気がする」

 -神出病院事件で逮捕されたのは5人は20~40代と若い世代だった。

 「高齢者や障害、病気などで公的ケアが受けられる人に対し、『特権階級』のように見えている視線が、特にロスジェネ以降の世代にはある。本当はそんな特権なんてあるはずがないにもかかわらず、だ。自分が苦しければ苦しいほど、誰かが楽をして、怠けて、得をしているというバッシングが巻き起こる。日本が貧しくなったゆえだと思う」

 -日本の精神科病院の強制入院制度と、障害児の分離教育は国連からも改善の勧告を受けている。

 「日本では、家族のことは家庭内で始末をしろという家族主義の価値観が根強い。子育てでも、介護でもそう。この価値観が、みんなを苦しめている」

 「海外では障害者の地域移行が進んでいる一方、日本は今も半世紀以上前のやり方を続けている。障害者が自分らしく生きることができる地域の受け皿がもっと必要だ」

■「無理ゲー」の日本社会

 -差別が生まれるのはみんなが苦しい思いをしているから?

 「『失われた30年』によって日本全体が貧しくなったことが大きい。『貧すれば鈍する』で、心の余裕がなくなってきている。私たちは今、『生産性や利益を生み出せない存在なら死んでくれ』と手を変え、品を変え、言われ続けている。それぞれが生き残るために、とにかく人を蹴落とさなきゃ、という世界線で生きている。まさに『無理ゲー』だ」

 「そんな中で他者にやさしくなれというのは無理がある。社会全体がどんどん不寛容になってきたと感じる」

 -最近は著名な学者による「高齢者は集団自決すべきだ」との発言もあった。

 「いつか自分も病気になって精神障害者になるかもしれない。年を取れば身体も不自由になる。その時に『あなたは健常者じゃないので、こっちのレールに移ってください』と言われて、外部と断絶した施設に送り込まれる。それは恐ろしい社会だろう」

 -植松死刑囚が唱えた「優生思想」が浸透しつつある?

 「人権の重要性を訴える人は、すごく愚かな人間だという捉え方がされている。『現実が見えてない、きれい事でしかない』と」

 -事件をなくすにはどうすればいいか。

 「精神科病院は人権の砦のようなところ。一カ所でも崩れると浸食され、あらゆる場所で人権侵害が起こる。容認すれば、巡り巡っていずれ自分や家族に降りかかってくる。その時に後悔しても、おそらく手遅れだろう。だからこそ、どんな時でも、どんなに思いやりのない人だけの社会でも、人権は守られるという法整備が重要になる。それが抵抗する武器になる」

     ◇ 【あまみや・かりん】 1975年北海道生まれ、作家・活動家。著書に「生きさせろ!」「この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代」など。

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