長崎・大村に「かもめの聖地」 住民が撮影場所に自販機 気遣いに鉄道ファン感動 新たな交流も

西九州新幹線「かもめ」を撮影するツアー参加者=大村市松原2丁目

 西九州新幹線を見下ろす長崎県大村市の棚田沿いに1台の自動販売機がある。新幹線の写真を撮りに訪れる「撮り鉄」と呼ばれる鉄道ファンのために住民が設置した。一部ファンの迷惑行為が問題視される中、ここでは住民の親切心に応えるようにマナーを自主的に守る文化が培われているという。ファンはこの地を「かもめの聖地」と呼ぶ。
 田園が広がる同市松原2丁目。大村湾を背景に緑豊かな町並みを駆け抜ける新幹線「かもめ」の全体を、きれいに撮影できるスポットとしてひそかな人気だ。
 「1人ぽつんと若い子がおったとよ」。土地を所有する平野眞澄さん(77)と満子さん(73)夫妻は昨年、体調が悪そうな鉄道ファンの青年を見かけた。飲み物を持っていないようだが、近くに店はない。夫妻は家にあった飲み物を手渡した。今後も困る人が出るだろうと11月に自動販売機を設置。休めるようベンチも置いた。青年は改めてお礼を言いに来たという。
 「全国を見渡してもこういう場所は珍しい」。ここを何十回も訪ねている東京都の鉄道写真家、村上悠太さん(36)は力説する。
 撮り鉄のマナー違反が交流サイト(SNS)で“炎上”する中、私有地で撮影が快諾され、体調まで気遣われるこの場所は「本当に奇跡」。その結果「悪いことをするのが恥ずかしい」という意識が鉄道ファンの間に自然と生まれる。地元の人へのあいさつや撮影の許可取りなど「マナーを守るのが当たり前というコミュニケーションがなされている」と村上さんは指摘。平野さん夫妻も「撮影の人たちは、あいさつもよくしてくれらす」と笑う。
 村上さんは地域の歓迎ムードも魅力に挙げる。JR九州などが大村で撮影ツアーをした15日、住民約10人が参加者と交流。「来てくれてありがとう」などと書いたカードや地元銘菓をプレゼントした。佐賀県の鉄道ファンの男性(60)は「撮り鉄は迷惑をかけているイメージだが、地域の人からこんなによくしてもらえると、さらにちゃんとしなければ」と語った。
 交流を企画したのは大村市宮小路2丁目のグラフィックデザイナー、久米真弓さん(45)。「みんなでこの場所を守っていこうという発信につなげたかった。地元の人にも良さに気付いてほしい」と話した。
 大村にほれ込んだ村上さんは来月、かもめの写真展を東京で開く。「みんなに会いたくてまた来てしまう。ここを大切にしていかなければ」。景色だけでなく人の魅力が、静かな田園を“聖地”に変えつつある。

平野さんが設置した自動販売機とベンチ=大村市松原2丁目

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