社説:穀物合意停止 困窮を広げる蛮行、許されぬ

 世界を脅かす卑劣な蛮行である。

 ロシアは、黒海を通じたウクライナ産穀物の輸出に関する両国とトルコ、国連の4者による合意の延長に反対を表明し、離脱した。

 世界有数の穀倉地帯であるウクライナからの輸出が、黒海からの積み出し停止で大きく滞る。

 小麦などの国際価格が再び高騰し、中東やアフリカ諸国で食料不足の懸念が高まる恐れが出ている。

 ロシアの最大の狙いは、ウクライナの反転攻勢と、支援する米欧をけん制することだろう。

 だが、世界で食料危機に苦しむ市民を「人質」に取るような行為は断じて許されない。

 さらなる国際的な批判と孤立を招くことをロシアは認識し、速やかに合意に戻るべきだ。

 すべての発端はロシアの侵略に他ならない。昨年2月のウクライナ侵攻開始後、黒海を事実上封鎖した。世界的な食料不安が高まり、国連とトルコの仲介で同7月に4者合意が結ばれ、翌月に輸出が再開された。

 国連によると、約1年間に約3280万トンが輸出され、穀物価格を安く抑える効果があったとしている。

 ところが、ロシアのプーチン大統領は先週、自国産の食料と肥料の輸出促進を約束した国連との覚書が「履行されていない」と批判。ロシアの農業銀行が国際決済ネットワークから締め出されるなど、米欧中心の制裁への不満といえる。

 ロシアにとって穀物合意は、歴史的に友好国の多い中東やアフリカから食料危機の批判が向くのを避ける思惑があった。

 だが、民間軍事会社ワグネルの反乱やウクライナの大規模な反転攻勢に直面し、実効支配する南部クリミア半島の橋も攻撃を受けた。穀物合意は相手方の戦費確保を利するだけだと、国内の保守強硬派から批判があるという。

 今月下旬に開くアフリカ諸国との会議を視野に、商業輸出が難しい自国穀物を直接援助し、支持につなげる判断に傾いたともみられている。

 ただ、ロシアの離脱表明を受け、シカゴ穀物市場の小麦先物価格が一時4%上昇するなど、身勝手な駆け引きの影響は貧しい国々にとって死活問題だ。

 収入水準の低いアフリカでは家計支出のうち食料の占める割合が平均42%と高く、10%前後の米欧に比べ余裕がない。新型コロナウイルス禍からの経済低迷に穀物価格の高騰が追い打ちをかけ、生活苦への人々の不満が政情不安につながりかねない。

 ロシアに対し、国連安全保障理事会で米欧日から非難が相次いだほか、友好国の南アフリカなども再考を求めている。

 合意の枠組みを維持し、ロシアが早期復帰の交渉につくよう、国際社会が迫っていかねばならない。

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