長崎大水害あす41年 市民目線で防災行動普及へ

防災技術研究会で、けがを手当てする手技を教える石橋さん(右)(石橋さん提供)

 死者・行方不明者299人を出した1982年の長崎大水害から23日で41年。今年も全国各地で大雨災害が相次ぎ、九州北部では山間部を中心に土石流やがけ崩れが発生し、犠牲者が出た。毎年のように猛威を振るう自然災害を前に、市民目線で実践的な防災行動の普及に努める長崎市のグループがいる。
 長崎市の石橋久美子さん(72)は2020年、有志団体「防災技術研究会」を発足させた。防災士、防犯設備士の資格を持ち、日本赤十字社の救急法指導員などを務める。だが、もともとは専門的な防災知識を持つ「プロ」ではなかった。
 「社会に出てくる情報は満載だが、それを活用できなければ意味がない」。同研究会を始めたきっかけは、普通に暮らす市民が防災知識や技術を身に付けたら、いざという時、自ら命を守ることができるかもしれないと考えたからだ。
 メンバーは現職の看護師や介護士、元警察官、元自衛隊員ら20~70代の15人。防災リュックの中身など災害時の準備品や心構え、対策などの共有にはじまり、足首を捻挫した際の固定法、けがの手当てなど簡易的な手技を教える場を定期的に開いている。
 久美子さんと同じく防災士などの資格を持つ夫の義孝さん(66)も同研究会のメンバー。1級土木施工管理技士として全国の被災地復興に尽くしてきた。そんな2人は41年前、長崎大水害直後の惨状を目の当たりにした経験を共に持つ。
 名古屋市で結婚後、大水害から1カ月もたたない82年8月、長崎市本河内地区の親戚宅を訪れた。あちこちに流木が横たわり、店舗の壁には浸水跡が残っていた。幸い親戚は皆、無事だったが、同地区では多くの命が奪われた。
 久美子さんは母親の介護をきっかけに、88年ごろ帰郷。呉服店の販売員時代、侵入盗に備えようと防犯設備士の資格を取った。「長崎さるくガイド」も務める中で、参加者が安全に街歩きできるよう、救急法を身に付けた。頻発する自然災害のたびに、早めの防災行動が求められるが、実際どう行動したらいいのか、分からない人が多いのではないか、とも感じてきた。
 「災害はいつでも、どこでも起きる。だからこそ、発生した際の具体的な行動について一人一人が普段から考えておく必要がある」。これまで学んだ知識や技術を生かし、普通の市民目線で命を守る行動を伝え続ける。

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