社説:性的指向の暴露 警鐘鳴らした労災認定

 時には当事者を追い込み、心身に深刻なダメージを与える行為であると認識すべきだ。

 東京都内の保険代理店に勤務していた20代男性が、職場での性的指向の暴露「アウティング」により精神疾患を発症し、労災認定されたことが分かった。こうした行為への労災認定は初めてとみられ、人権侵害への警鐘と受け止めたい。

 男性は入社時に自身が同性愛者だと上司に明かし、「同僚には自分のタイミングで知らせたい」と伝えた。ところが、無断で暴露された結果、同僚に避けられるようになり、精神疾患で退職した。

 男性は「人間不信に陥り自殺も考えた」という。労働基準監督署はパワハラに該当し、強い心理的負荷を与えたと認定した。アウティングによる人権侵害が労働災害の補償対象にもなり得ると判断したわけで、画期的と言える。

 本人に悪意がなくても、自らカミングアウト(告白)していない当事者が性的指向を暴露されれば、生活の崩壊や自死に追い込まれかねないことを肝に銘じたい。

 アウティングは2015年、同級生から同性愛を暴露された一橋大の学生が校舎から転落死して社会問題化した。地元の東京都国立市が18年にこうした行為を禁止する全国初の条例を施行し、三重県や福知山市などでも相次いで同様の条例が制定された。

 大学教授らが19年に行ったインターネット調査で、LGBTなど性的少数者約1万人のうち25%ほどが暴露を経験していた。一方で不利益を被ることを恐れ、カミングアウトできる性的少数者は極めて少ないとされる。

 20年6月、アウティングをパワハラの一類型に規定し、企業に防止対策を義務付けた女性活躍・ハラスメント規制法が施行された。

 しかし、厚生労働省が同年公表した調査では、職場での理解増進策としてアウティングに関する説明や防止を扱っている企業は、全体の約3割に過ぎない。プライバシーが尊重され、安心して働ける職場環境の整備が欠かせない。

 ただ、問題は職場だけに限らない。大津市が一昨年、保育園児の性別への違和感や受診歴を無断でホームページに掲載するなど、地域や学校などでも起きている。

 先の国会で性的少数者への理解増進を図る法律が制定されたが、当事者に我慢を強いている現状は否めない。多様な個性が尊重され、守られる社会に向け、地域や職場、学校、家庭などで積極的に考える必要がある。

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