実験動物にも必要な福祉…監視体制に残る不安 社会支えてきた命の犠牲減らすために【杉本彩のEva通信】

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5年に一度、動物愛護管理法の見直しがある。この法律の所管は環境省なので、同省が管轄するペット販売事業への規制や整備を中心に、これまでさまざまな議論が交わされてきた。しかし、人間の管理下にある動物はペットだけではない。環境省が管轄する動物園や水族館などの展示動物。農水省の畜産業における牛・豚・鶏などの家畜や、競馬の競走馬。文科省の学校飼育動物。そして、今回コラムで取り上げる、厚労省が管轄する実験動物もだ。

ひと口に動物愛護管理法の改正と言っても、このように所管の省庁が分かれているため、動物愛護団体は各省庁に働きかけなければならないし、環境省だけで決められることではないため、スムーズに話しが進まない。そのため改正への道のりは、非常に複雑で困難きわまりない。

いっそのこと、こども家庭庁が出来たように、動物福祉庁という新たな省庁を作るべきだと思う。こども家庭庁が、子どもの視点に立って、その福祉や健康の向上を支援し、子どもの権利を守るために取り組むと言っているように、動物福祉に特化した省庁の必要性を感じる。動物の視点に立って、その飼養環境を整備し、動物の健康を守り命の尊厳を軽んじないように取り組む省庁だ。 

そう思うのは、前回2019年の法改正においても、実験動物についてはまったく前進しなかったからだ。日本は欧米と違い、実験動物を保護する法律がない。どの施設にどれだけの動物がいるか、何の動物が使われているのか、どのように飼育され、どんな実験をされているのか、そんな基本的なことさえ、業界も国も自治体も把握していない。大学や病院、研究機関、企業のラボなどの密室で何が行われているのかわからないのだ。

ペット繁殖・販売事業者は「第1種動物取扱業」の登録が義務づけられているのに、動物を扱う実験施設も、実験動物を繁殖・販売する業者も登録さえ無し。実験動物には、遺伝子組み換えをしたり、病原菌やウィルスに感染させるということもある。人の安全という観点から災害時のことを考えても、国や自治体が把握できていないのはおかしいし危険である。そして、私たちが何よりも危惧するのは、実験動物の福祉が守られているのかどうかだ。しかし、それを確認する術はない。動物実験に関しては、1999年ボロニアの世界会議で採択した世界基準があり、各国は動物実験への法規制を行っている。その国際的な基準となるのは、Reduction(リダクション)数の削減、Refinement(リファインメント)苦痛の軽減、Replacement(リプレイスメント)代替、という「3Rの原則」と言われる理念だ。できる限りこの原則に沿って実施されるよう、動物愛護管理法第41条にも規定されている。しかし、それらを動物実験に利害関係のない第三機関が監視する制度はない。業界は、「3R」について、自らで課題に取り組んできたとして、「実験動物について改正する理由は全くない」と言っている。「3R」の義務化には、研究の推進に悪影響が出るとして、強い抵抗を見せてきた。しかし、そう言われると、ますます動物がどう扱われているのか気になる。 

動物実験について、ジャーナリストの森映子さんの著書「犬が殺される」を読むと、動物実験の実態とその闇に愕然とし、胸が苦しくなる。私たちの健康や安全な生活は、そんな動物実験の犠牲の上に成り立っているのだ。人の健康と命を支えている医療や医薬品だけでなく、暮らしに必要な生活・工業製品の科学物質や農薬、化粧品やサプリメントに至るまで、その安全性を確かめるために動物実験が行われてきた。誰一人その恩恵を受けていない人はいない。しかし時代は進歩し、今では動物実験が必要不可欠とは言えないのだ。もちろん現状ではまだまだ動物実験に頼っていることは多いが、人と動物の体には種差があり、動物で効果のある薬が必ずしも人に効くとは限らず、新薬の開発において、患者を対象にした第2段回の臨床試験で、開発中止となることも多いという。動物実験で得た薬の効果が、人には証明されなかったという理由からだ。

また、米国とカナダにある211のメディカルスクールすべてにおいて、生きた動物を用いた授業がなくなり、米国の獣医学校でも、動物を用いない代替法を選択し、卒業できる学校が多数あるという。これらは「動物を犠牲にしてまで学びたくない」という多くの学生の声により、動物実験を廃止し、代替法を選択する学校の急増に繋がった。残念ながら日本の大学では、今でも動物を使った実習をしているそうだが、それでも学生や動物愛護団体の声を受け、一部の実習をなくしたり、代替法に変えたというケースもある。

その声を、学生のとき積極的に上げたのがハナ動物病院の太田快作獣医師だ。太田先生がモデルになった 「犬部」(2021年7月公開)という映画にも描かれているが、「動物を救うために獣医大に入ったので、むやみに動物を犠牲にする実習はしたくない」と、犬の実習を拒否し、自ら、代替法を促進する国際ネットワークから動物の模型をレンタルし、学内で展示会を開き、代替法にシフトできるよう訴えた。そして、外科実習の代わりに、大学の動物病院で外科手術を見学しレポートにまとめて提出。また、民間の動物保護施設で、猫の不妊・去勢手術をする際、獣医師を手伝い技術を学んだという。太田先生は、「すべての動物実験が無意味とは思わない。医学や科学の発展のために動物でやるしかない実験もあるだろう。ただし、学生の実習では代替法があるのに、健康な動物を敢えて使う必要はあるのか?」と疑問の声を上げてこられた。

このような学生の声を受けとめた北里大学では、2017年から、獣医師を目指す学生の実践力向上のために、治療を行う手術に参加して学ぶ「参加型臨床実習」を開始した。さらに2018年には、動物愛護の観点から「手術をともなう外科実習」を廃止するなど、改善に向けて動き出している。

実験に使われる動物たちは、生まれた時から過酷な運命を強いられる。日の光のもと、自由に自然の中で遊ぶという楽しみを味わうこともなく、繁殖場と実験室の中だけで、苦痛と恐怖を味わいながら、最後は安楽死によって一生を終えるのだ。私たちは、そんな悲痛な動物の犠牲の受益者であることを忘れてはいけない。そして業界は、最大の努力で、動物の福祉に配慮し、不必要な実験をやめていく努力をしてほしいと思う。(Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

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