届かなければ

 短いウイニングパットを丁寧に沈め、カップからボールを拾い上げて顔を上げた瞬間、緊張から解放されたように笑顔が弾(はじ)けた。女子のプロゴルフツアーで2勝目を挙げた長崎市出身の19歳、櫻井心那選手▲ツアー初優勝を振り返ってもらうインタビュー記事が土曜日の紙面にあった。「常に下手だと思ってやっている」などの姿勢に私たちが感心している間に、自身は2勝目を目指すラウンドの真っただ中にいたわけだ。ゴルフの道具を肩に、しっかりと前だけ見て夢の階段をぐんぐん力強く進む姿を思わず想像した▲ところで、ゴルフ界には「ネバー・アップ、ネバー・イン」という広く知られた名言がある。直訳すると「届かなければ絶対に入らない」。勇気をもって打ちなさい、と腕の縮んだ弱気なパットを戒める言葉だが▲この言葉、意外に応用範囲が広い。片思いの恋、受験勉強の計画、禁煙や禁酒や節制-。名言の拡張解釈は悪い癖だと自戒しつつ「届かなければ」状況の変化が望めない事柄をあれこれと思い浮かべた▲ナガサキを最後の被爆地に-。異論などあるはずがない、と皆が信じるこの言葉は、届けるべき場所にきちんと届いているだろうか。自己満足や標語になっていないか、と真摯(しんし)に点検する姿勢も持ちたい▲今年も8月が巡ってきた。(智)

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