佐藤蛾次郎さんが気にかけた女優の存在 源公だけではない名脇役のアナザーサイド、お別れの会2日に開催

名脇役として映画やテレビドラマで活躍し、昨年12月に虚血性心疾患のため死去した俳優・佐藤蛾次郎さん(享年78)の「お別れの会」が2日に都内で行われる。蛾次郎さんといえば、渥美清さん主演の映画「男はつらいよ」シリーズでおなじみだが、もう一方で、アウトローを描いた作品などでも役者としての振り幅の広さを体現した。お別れの会を前に、「男は…」だけではない、蛾次郎さんの〝アナザーサイド〟を振り返った。

お別れの会は2日午後1時から都内の四ツ谷駅近くにある主婦会館プラザエフで開催。一般献花は午後1時45分から同4時まで受け付けられる。会場には「男はつらいよ」で演じた源公の半てん、私生活で愛用したアロハシャツ、スカジャンなどが展示され、カラオケで歌う蛾次郎さんの姿などを編集した約10分の映像も上映される。

この「歌う蛾次郎さん」の映像上映という告知を耳にして思い出したことがある。10年前の冬、本人から聴かせてもらった秘蔵音源のことだ。渡哲也さん、原田芳雄さん、松田優作さん、桃井かおりと共に、蛾次郎さんが70年代から東京・新橋で営んでいた「撫子(なでしこ)」というスナックで夜を徹して歌い続けた宴(うたげ)を録音したテープ。もっとも、伴奏はカラオケではなく、原田さんがつまびくギターだ。豪華なメンバーが交互に、歌いたい曲をひたすら歌い続けるという贅沢な宴会だった。

5人の俳優たちはいずれも共演関係にあった。蛾次郎さんから見ると、原田さんとは日活映画「反逆のメロディー」(70年)で、松田さんとは日本テレビ系ドラマ「俺たちの勲章」(75年)や映画「殺人遊戯」(78年)などで息の合ったコンビぶりを披露した盟友だった。渡さんと桃井はテレビ朝日系ドラマ「浮浪雲」(78年)で夫婦を演じ、同作に蛾次郎さんもレギュラー出演していた縁で、この顔ぶれが実現したという。

蛾次郎さんの店は、その後、銀座8丁目に移転。「Pabu 蛾次ママ」として20年以上、営業を続けたが、コロナ禍の中、20年の大晦日で閉店した。その最後の月に、同店に何度か足を運んで蛾次郎さんと話していると、頻繁に口にされる女優の名があった。

「かおり、いま何してんやろ?元気しとるかな?」。桃井のことだった。ロサンゼルスを拠点に活動しているという、公になっている範囲の情報を伝えたが、それでも「かおり、元気でやっとるんかな?」「日本に帰って来いへんのかな?」と、たくさんのクエスチョンマークと共に桃井の近況を気にしていたことを覚えている。

約40年前、その宴に参加した俳優は次々にこの世を去っていた。男性陣の最年少だった松田さんは89年に急逝。今世紀になって、原田さんが11年、渡さんは20年8月に死去。蛾次郎さんと店を切り盛りし、宴にも参加していた元女優の妻・和子さんも16年に亡くなっており、20年12月に記者が蛾次郎さんと会話を交わした当時、あの宴のメンバーでは自身と2人きりになった桃井への思いがよみがえっていたのかもしれない。

ちなみに、その宴で、桃井は原田さんと松田さんに挟まれて「プカプカ」の2番を歌っていた。西岡恭蔵さんが72年にベルウッド・レコードからリリースし、その後も多くのミュージシャンがカバーした、時代を超えて歌い継がれる名曲だ。桃井が歌ったという話が酒席で出た流れで、「蛾次ママ」のカラオケで、蛾次郎さんにリクエストしたが、「あんた、歌い」ということで記者が歌った。その間、蛾次郎さんは忙しそうに接客しつつ、チラッとこちらを見てニヤッとされた。

蛾次郎さんは歌手として「あらくれ男のラブソング」(76年)といった持ち歌もあり、アルバムレコードを1枚出している(残念ながら、CD化されていない)。松田さんと2人で行ったライブでは、飛び入りした渥美さんに激励されるという、奇跡のような瞬間もあったという。本人からその写真とともに当時の話を聞いた。

ということで、蛾次郎さんは歌がうまい。味があった。お別れの会で披露されるというカラオケの歌唱映像。歌を愛した蛾次郎さんが、どんな表情で、どんな曲を歌っているのか、確かめてみたい。

(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)

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