チーム強化の裏側が描く!新型サッカー漫画『ボクらの強化部』著者が語る、ジュビロ磐田とJリーグ

双葉社が月2回発行する漫画雑誌『漫画アクション』にて、2022年5月より連載中のサッカー漫画『ボクらの強化部』が好評を博している。

選手やチームではなく、チーム強化を担うフロントスタッフにスポットが充てられているため、サッカーファンの強い関心を惹いているのだ。

物語は2部リーグで低迷する名門クラブが、チーム再建のために熱狂的なサポーターである主人公の中馬学を強化部に採用するところから始まる。

選手の移籍や監督の招聘、戦力外通告など、リアリティ溢れるチーム強化の裏側が描かれているのは、著書・ちゃんやつ氏が「心のクラブ」ジュビロ磐田を取材したことから着想を得ているためだ。

そんな従来のサッカー漫画とは一線を画す作品を執筆中の漫画家・ちゃんやつ氏に独占インタビュー。執筆の背景やサッカーとの関わり、漫画家視点で見るプロとアマチュアへの見解などを伺った。

「連載=プロ」の漫画業界、生活が一変

「ジュビロ磐田の地元である静岡県磐田市出身である僕は、1992年生まれの31歳。高校卒業後に漫画家を目指して大阪芸術大学に進学して以降、現在も大阪府で生活しています。

実は『ボクらの強化部』で初めて連載のお仕事をいただきまして、生活が一変しました。

漫画家の世界では連載の契約をとることがプロとして食べていくための出発点なんです。僕もこの連載が始まる昨年の春頃まではアルバイトをしていて、睡眠時間を削って漫画を描くという生活でした。

連載が始まる以前は“読み切り”と呼ばれる30ページほどの単発作品を1年に2つほど描くくらいだったのですが、現在は1カ月で40ページも描かせてもらっています。自分でも信じられない状況です」

ピッチ全体に拡がる緑の芝、ゴンさんの懸命さに感動

――ところで、サッカーやジュビロとの出会いはいつ頃なのでしょうか?

「僕は本格的にサッカーをプレーしたことがありません。中学と高校ではバスケットボールをしていました。初めてサッカーの試合を、そして、ジュビロの試合を現地観戦したのは、自分が通っていた中学校全体で遠足のように実施した一斉観戦でした。

その時にスタジアムの階段を登って、ピッチ全体に拡がる緑の芝を見た時の感動は今も忘れられません。自分の街にこんなにも凄い場所があるんだって思ったことを鮮明に記憶しています。

実は初観戦するまでは、サッカーってチャラいイメージがあって嫌いだったんです。でも、当時はFW中山雅史さん(現アスルクラロ沼津監督)がプレーされていて、ゴンさんが途中出場した時のスタジアム全体の熱気が凄かったんですよ。

揺れる感触?そして、ゴンさんが最後まで一生懸命にボールを追いかける姿を見て、『サッカー全然チャラくないよ、カッコイイぞ!』と、なりましたね。

ただ、僕がよく現地観戦するようになった頃のジュビロは、J2との入替戦にまわるなど低迷していて、なかなか勝ち試合にありつけませんでした。

名波浩さん(現日本代表コーチ)が現役を引退され、ゴンさんがチームを離れられて黄金時代の選手がいなくなりました。クラブの過渡期が僕のジュビロサポーターの原点です。

そして、FW前田遼一さん(現日本代表コーチ)が僕にとってのアイドルです。チームが決して強くはなかった時期に2度(2009、2010年)もJ1得点王を獲得したんですから」

――生粋のジュビロサポーターにとって、2014年の終盤に名波監督が誕生したのは嬉しかったのでは?

「ジュビロがJ2に降格した2014年、僕は大学進学で大阪に来ていたこともあり、一時的に熱が冷めてしまっていました。

でも、名波さんが監督に就任するニュースを聞いて、その熱を取り戻しました。特に2017年はJ1で6位。元日本代表MF中村俊輔さん(横浜FCコーチ)が加入し、近年最も盛り上がったシーズンでした。

ただ一転して翌年は低迷。16位でJ2との入替戦にまわることになりました。東京ヴェルディに勝利してJ1残留は出来たんですけど、翌年も続投された名波さんの表情が・・2019年は最初からしんどそうだったんです。結局、半シーズン指揮を執って退任されることになり、チームもJ2降格に至りました。

ジュビロにとっての名波さんはレジェンド中のレジェンド。僕の個人的な想いですが、今後も監督やフロントに戻って来てもらうためにも、名波さんには2018年限りで勇退してもらいたかったです」

2部リーグを舞台にした理由

――作品内では『N2』と呼ばれる2部リーグが舞台となっていますね。

「2部リーグを舞台に設定したのは、物語のスタートとしてクラブが低迷していることが明確で、1部への昇格という分かりやすいゴールがあること。

そして、昇格しても1部での戦いという先のステージでの挑戦があるという部分をポジティヴに描きたかった、という理由があります。最初からトップリーグにいるクラブだと、『優勝したら終わり?』という気もするので。

ちなみにJ2が好きなのではなく、ジュビロがいるカテゴリーが好きなので、去年はJ1、今年はJ2ばかり観戦しています。今年はJ2に静岡県勢が3クラブありますが、初昇格の藤枝MYFCも攻撃的で面白いサッカーをしているので興味を惹かれています」

――その藤枝から今季J2で日本人最多13ゴールを挙げていたFW渡邉りょう選手がセレッソ大阪へ、アシスト王のMF久保藤次郎選手が名古屋グランパスへ引き抜かれました。

「それなんです!J2は特にそれが多い!熱心なサポーターさんなら御存知の通り、J2で前半戦好調だった選手が、夏の移籍市場でJ1へ引き抜かれていく。“個人昇格”と呼ばれるものですね。

チームにとってはここから佳境に入るタイミングで主力が抜かれるのは悲しいことでもあるのですが、これはもうJリーグの風物詩の1つと言えますよね。

また、最近では徳島ヴォルティスからリカルド・ロドリゲス監督(元浦和レッズ)とダニエル・ポヤトス監督(現G大阪)が2代続けてJ1クラブに引き抜かれるということもあって、監督にも個人昇格があります。そういうストーリー性を考えて2部を舞台にしました」

過酷な下積み時代を経験も、お蔵入り作品が連載に

――話は変わりますが、漫画家になるキッカケはあったのですか?

「キッカケは小学5年生の時、1年間の不登校を経験した頃にあります。身体は健康でしたし、特に理由はなかったのですが、意欲が湧いて来ないと言うか。

でも、漫画を読んでいる時は元気で、意欲も湧いて来るんです。だから、僕も誰かに元気を与えられるような漫画を描きたいと思って、漫画家を目指すことにしました」

――昨年まではアルバイトをされていたと伺いました。大変な時期もあったのでは?

「一番大変だった時はバイトを3つ掛け持ちでやっていて、朝の6時から22時まで働いていました。あの頃は『年金や健康保険料を払わないと』と、考えることが多かったです。それでも毎日2、3時間は漫画を描く時間にあてていました。

僕の場合は小学館さんが発行している月刊漫画雑誌『ゲッサン2019年8月号』で、『もやもや』という作品が『第84回小学館新人コミック大賞』に入選してから可能性が拡がりました。賞という実績を作らないと出版社さんの企画に応募も出来ないという業界なんです。

それでも色んな出版社さんの企画に応募したり、持ち掛けたりする中でも上手くはいかなかったのですが、双葉社さんから面白い企画の提案がありました。

【他社さんに応募して不採用となった“お蔵入り作品”を掘り起こしましょう】といった内容で、それで採用されたのが、『ボクらの強化部』だったんです。

だからこそ、双葉社さん、アクションさんには本当に感謝しているんです。本来は他社さんで掲載してもらうために描いた作品だったんですから」

――これだけ苦労されていると、いくら好きなことでも嫌いになったりしないのですか?

「睡眠時間を削って描いていた時期でも嫌いになったことはないですね。漫画を描くだけで食べていけるようになった現在も、いろんな漫画を読んでいます。

ただ、色んな角度から作品を見てしまうので、『ここの線はもっとこうー、展開が違うな』とか、考えちゃうことが多くなって来ました。職業病ですかね?(笑)」

――サッカー漫画の執筆経験はあったのですか?

「読み切り作品では描いたことがありますが、連載となると求められるものが異なります。また、従来のサッカー漫画とは違った視点のものを出したいと考えました。そこで強化部やフロントを舞台にしました。

ただ、サッカーファンからしたら凄く興味をそそるお仕事でもあると思うのですが、外から見ているだけでは実際のお仕事ぶりが伝わって来ません。そこで実際のお仕事ぶりを取材することにしました。

実は最初に打診したクラブに断られたのですが、ダメもとで大好きなジュビロさんにお願いしました。すると、信じられないことにOKを頂きました。

もちろん、具体的な選手のエピソードはデリケートな部分や相手クラブの事情もあるので明かされませんでしたが、移籍成立の流れや移籍金の設定などの専門的なことから、選手とのコミュニケーションの取り方、一日のスケジュールなどをお伺いしました。

ですので、作品中の移籍の話などは僕の想像です。ジュビロとは較べないで下さいよ(笑)」

漫画家視点で考えるJ3の環境、5万円Jリーガー

――今年Jリーグは30周年を迎え、J1からJ3まで全国に60クラブが点在。その中で10年目を迎えたJ3は、「月酬5万円Jリーガー」や「アマチュア選手」も在籍。こうした待遇について、「子供に夢をもたせられない」といった批判があります。一方、漫画家やミュージシャン、芸人の方々は低収入で拘束時間も長い中で活動されていると思います。漫画家視点で見たJ3の環境について、どういう見解を持たれていますか?

「難しい質問です。ただ、2019年にJ3のFC琉球からアマチュア契約だったGK朴一圭選手(サガン鳥栖)が横浜F・マリノスに移籍してJ1王者に導いたように、J3からポテンシャルのある選手がどんどん発掘されていく流れが増えています。

ウチのMF鹿沼直生選手(磐田)もそうですし、J1やJ2から下部リーグへレンタル移籍してブレイクする例もあります。また、報酬面では僕らよりはマシかもしれませんし、それ以上に“Jリーグ”という大きなプラットフォームで試合を見てもらえることに大きな価値があると思います。だから廃止しろなんて全く思わないですね。

むしろ、来年からJ3の『DAZN』中継がなくなるのを残念に感じています。J3へレンタルされたジュビロの選手が見れないんですよ?苦痛じゃないですか?

それだけ僕はJリーグとジュビロを愛していますし、そんな僕が書いている『ボクらの強化部』を、多くの方に読んでいただきたいですね」

自身初の連載を獲得し、初めて単行本も出版された、『ボクらの強化部』著者ちゃんやつ氏。

新型サッカー漫画『ボクらの強化部』は、サッカーファンなら知りたいチーム強化の舞台裏が描かれている。

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