なるか全冠制覇

 「50秒、1、2、3、4…」-。双方が秒読みの1分将棋で指しているのだから紛れもなく終盤戦のはずなのに、画面の上の人工知能(AI)の形勢判断グラフは真ん中辺りで伸び縮みしている。まるで機械が困っているように見えた▲AかBか、極めて難解な選択の場面。どちらを選んでもプレーヤーを責められない、ここで正解を選べるかどうかは理論や理屈ではない…。マージャンや将棋にはそんな状況をいう「指運(ゆびうん)」という言葉がある▲藤井聡太七冠と豊島将之九段が戦った4日の王座戦挑戦者決定戦も指運が勝敗を分けた、と言えそうな気がする。「失着」と呼ぶのが気の毒に思える小さなミスを見逃さず、最後の最後に藤井さんが抜け出した▲1996年の羽生善治さん以来となる全タイトル独占に挑む。史上最年少のデビュー以来、ほぼノンストップで階段を駆け上がってきたヒーロー。親のような視線で成長を見守ってきた世間も偉業を待ち望んでいるが、21歳は冷静に言葉を選ぶ▲終局の直後、全冠制覇への意欲を問われ「王位戦がシリーズ中なので、直ちに“意識する”とはならないです」と話した。8冠は王位の防衛が前提だ。対戦相手への敬意がいい▲そんな彼だから、指運が味方したのかもしれない。王座戦の五番勝負は31日に開幕する。(智)

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