「田んぼが陸軍の兵器生産拠点に」移転中に終戦、契約書が語る歴史 #戦争の記憶

園部町の大阪陸軍造兵廠の跡地付近で拾われた高射砲の部品(下)などが並び、戦争遺跡を照会する企画展=南丹市日吉町・日吉町郷土資料館

 京都府南丹市日吉町の日吉町郷土資料館で、太平洋戦争中に園部町へ移転しつつあった大阪陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)の遺構や市内の忠魂碑など戦争遺跡を特集する企画展が開かれている。造兵廠と住民が交わした借地契約書や高射砲の破片を初公開し、物を通じて地元と戦争の関わりを伝えている。

 兵器生産を担う同造兵廠は、一部を園部町に移転する工事中に終戦を迎えた。展示の借地契約書は、現在の同町城南町とみられる田んぼ100坪を地元住民が貸した際に交わされた。1946年度分のみ残り、戦後処理のため借り続けていた可能性があるという。高射砲の破片は跡地付近で見つかった直径10センチ弱のハンドル形で、いずれも住民が所蔵する。

 目隠しと爆風よけのため工場の周りに築いた土塁、地下変電所として建設途中だったトンネルも現在の写真をパネルにした。

 市内の忠魂碑のうち19カ所も写真で展示。日露戦争後に村単位で建てた例が多く、砲弾形をした八木町神吉、終戦後に占領軍を警戒して埋め、再び掘りだした美山町平屋地区などを取り上げた。

 同館は「当時を知る語り部が減る中、遺跡をよすがに戦争の歴史を伝えていきたい」としている。

 要入館料。9月3日まで。水曜休館。午前9時~午後5時。

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