朝鮮戦争タブーの民間人虐殺調査、韓国の尹政権に遺族が懸念を抱くわけは 休戦70年の今も続く「親日派」論争

朝鮮戦争中、「北朝鮮側に協力した」として韓国当局に殺された人々と推定される人骨の発掘現場=5月30日、韓国・瑞山(共同)

 同じ民族同士が戦火を交えた朝鮮戦争の休戦から7月27日で70年となった。3年間にわたる戦争の犠牲者は民間人を含め数百万人に上るとされる。いまだに遺体が見つからないままの兵士も多く、捜索を担う韓国国防省の「遺骨発掘鑑識団」は6月に人気音楽グループBTSのリーダー、RMさんを広報大使に任命し、事業を推進する。

韓国国防省の「遺骨発掘鑑識団」の広報大使に任命されたBTSのRMさん=6月1日、ソウル(遺骨発掘鑑識団の公式ユーチューブより)

 一方、理念対立が背景にあった戦争のさなかに多くの民間人が韓国軍や警察に虐殺された事実は長くタブー視されてきた。リベラル政権下の2005年に政府機関が調査を始めたが、保守の尹錫悦政権は慎重姿勢で、真相究明を求める遺族らは懸念を抱く。
 虐殺を実行した当時の韓国軍や警察には日本の植民地統治機関で働いた経歴を持つ人も多く、「親日派」を巡る論争が今も続いている。(共同通信ソウル支局 富樫顕大)

7月27日、朝鮮戦争の休戦協定締結から70年の記念式典で演説する尹錫悦大統領=韓国・釜山(共同)

 ▽溝に横たわる人骨
 5月末、韓国中西部・瑞山郊外の小さな山を5分ほど歩いて登ると、深さ約1メートルの溝に60体余りの人骨が重なり合うように横たわっていた。

 朝鮮戦争中に虐殺された民間人の遺骨発掘現場だ。韓国政府の人権侵害調査機関「真実・和解のための過去事整理委員会」が報道陣に公開した。委員会は瑞山周辺で1800人以上が「北朝鮮側に協力した疑い」で韓国当局に恣意的に殺されたと判断している。

朝鮮戦争中、「北朝鮮側に協力した」として韓国当局に殺された人々と推定される人骨の発掘現場=5月30日、韓国・瑞山(共同)

 朝鮮半島は1945年、日本の敗戦で植民地支配から解放された後、米国とソ連が南北を分割占領した。1948年に南に韓国、北に北朝鮮が建国し、武力統一を狙った北朝鮮が1950年に韓国へ侵攻、戦争が始まった。
 勃発直後、北朝鮮が韓国の大部分を占領したが、米軍主体の国連軍の支援を受けた韓国が押し返した。統治者が入れ替わる際などに、韓国軍や警察は北朝鮮に協力的と見なした住民らを処刑し、北朝鮮軍や共産主義支持者は富裕層らを殺害した。

朝鮮中部戦線で、爆発する手投げ弾に身をかがめる米海兵隊員=1951年5月、米海兵隊撮影(AP=共同)

 ▽「アカの家族」
 瑞山で農民の父と兄が殺された劉昇雄さん(78)は「20年くらい前から堂々と(事件を)話せるようになった。ずっと隠れるように生きてきた」と打ち明ける。韓国当局による虐殺は1980年代まで続いた軍事政権下でタブー視され、遺族は「アカ(共産主義者)の家族」として、就職差別や当局の監視を受けた。
 劉さんの父は植民地時代に「独立万歳」を叫ぶデモに参加して拘束された経歴があり、2019年に政府から「独立有功者」と認定された。だが、これを祝う横断幕を瑞山で掲げたところ、父が虐殺犠牲者であることを知る人が「アカ」だとののしり、横断幕を踏みつけたという。劉さんはそういう人たちと「和解し、互いに信じ合って暮らせる国になってほしい。そのためには名誉回復が必要だ」と訴える。

両親の写真を手に持つ劉昇雄さん=6月13日、韓国北部・漣川(共同)

 ▽良民か反逆者か
 過去事整理委員会の調査ではこれまでに、韓国当局の虐殺による約1万5千人、北朝鮮側の虐殺による約5千人の民間人犠牲が確認された。だが韓国当局による虐殺は長くタブーだったため、被害を申告して調査を申請しない遺族も多く、正確な規模は不明だ。遺族会は約100万人と主張する。
 委員会はリベラル系の盧武鉉元政権が2005年に設立した。保守政権下で約10年間活動が中断したが、リベラル系の文在寅前政権が再開させた。虐殺事件を調査し、犠牲者を「国家暴力の被害者」と認定することで名誉回復を図ってきた。
 だが北朝鮮への強硬姿勢をアピールする保守の尹錫悦政権が昨年発足すると、委員会は北朝鮮側による虐殺の調査を強化。調査の申請件数は韓国当局の事件が北朝鮮側の事件を大きく上回るが、調査結果の発表は北朝鮮側の虐殺の方が多い。
 政権側が推薦した委員らは「(死者が)純粋な良民なのか反逆者なのかを判別したい」と主張しており、遺族らは「犠牲者を悪者扱いしているようだ」と不安を抱いている。
 6月下旬、中部・大田郊外の「骨霊谷」で行われた虐殺犠牲者の慰霊祭で、遺族会代表の全美暻さん(74)は「委員会は名誉回復を求める遺族の胸にむしろ刀を突き付けている」と訴えた。朝鮮戦争中、大田刑務所に収監されていた政治犯ら推定1800人以上が韓国軍などに殺され、この場所に埋められた。

1800人以上が韓国軍などに殺され埋められた「骨霊谷」での慰霊祭に参加した遺族ら=6月27日、韓国・大田郊外(共同)

 ▽「英雄」の「親日行為」
 尹政権は文前政権とは対照的に、対日外交で植民地支配を巡る歴史問題にこだわらない姿勢を打ち出してきた。国内でも、朝鮮戦争を指揮した元軍人を顕彰する一方、植民地時代の日本側への協力を不問に付すスタンスだ。
 韓国政府は7月5日、朝鮮戦争で激戦地の戦闘を指揮した元軍人で、2020年に死去した白善燁氏の銅像の除幕式を主催した。保守層が「英雄」と呼ぶ白氏だが、植民地時代に日本のかいらい国家、旧満州国のゲリラ討伐部隊に所属していたため、文前政権下で国立墓地の記録に「親日反民族行為者」と記された。政府は7月24日、「最高の英雄の名誉を守る」として、この記録の削除を発表。保守層は歓迎するが、リベラル層は「歴史認識が偏っている」と反発している。
 韓国政府は建国直後、悪質な対日協力者を調査する機関を設けたが、治安が悪化する中、十分な機能を果たせないまま1年で解散。韓国の軍や警察に対日協力の経歴がある人が多く残り、今もリベラル層が「親日派の清算」を問題提起する背景になったと言われる。

7月5日、韓国南部・漆谷で行われた白善燁氏の銅像の除幕式(聯合=共同)

 ▽複雑な思い抱える息子たち
 父がこの機関の調査官を務めた金溶珉さん(89)も虐殺犠牲者の遺族だ。「夜中に韓国軍の5、6人が家に押し入り、父をはだしのまま連れ去った」。家族で暮らす南部の港町、統営近くまで北朝鮮が攻め込んできた当時をこう振り返る。北朝鮮の攻撃から逃れるため港に着けた船の中で、近くの倉庫に連行された父が「痛い」と拷問に苦しむように叫ぶ声を聞き続け、「その声が今でも時々聞こえる」という。
 「父が調査官でなければ(対日協力者が含まれる韓国軍や警察ににらまれず)被害に遭わなかったのでないか」。金さんはそんな思いを抱える。

悪質な対日協力者を調べる機関の調査官に父が任じられた際の任命状を見せる金溶珉さん=6月15日、ソウル(共同)

 公営放送KBSの幹部を務めた沈宜杓さん(75)の父は植民地時代、日本留学中に独立運動組織をつくって投獄され、解放後は韓国南部・固城で社会主義系の政治活動をして収監、朝鮮戦争時に韓国軍に殺された。「戦争という緊迫した状況だった」と沈さんは父の虐殺を受け入れようとする。独立運動をした父を誇りに思うが「その父が反国家行為で捕まり、いなくなった」。複雑な気持ちが交錯している。

取材に応じる沈宜杓さん=6月19日、ソウル(共同)

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