“山奥の夜道を船が行く” 県北の「管絃祭」は宮島と同じ日に 「厳島の戦い」に由縁 広島・安芸高田市の伝統行事

8月、宮島(広島・廿日市市)の夏の伝統行事「管絃祭」が行われました。実は、県北にある山あいの地域でも「船」を使った管絃祭がありました。

提灯などで飾り付けられた船が、激しい動きで山奥の夜道を走っていました。

管絃祭といえば宮島の厳島神社が有名ですが、安芸高田市 高宮の川根地区にある亀尾山神社でも江戸時代ころから管絃祭が行われています。

この神社は、厳島神社と同じ宗像三女神がまつられていて、一説によりますと、「厳島の戦い」(1555年)の戦勝祝いとして始まったといわれています。

若連中たち
「これが一番古い幕。外で広げてみる? 年号かなにかが書いてあるはずじゃけえ」

「200年ぐらい経っているんじゃない」
「彦太郎の名前があるからじいさんじゃろう」
「ずいぶん古いよ」

管絃祭を取り仕切る頭取を50年以上続けてきた 亀崎良隆 さん(74)です。

川根管絃祭 元頭取 亀崎良隆 さん(74)
「今は(船を)台車の上に載せて、引っ張って出るんじゃが、昔はみんな担いで出ていた。若い者が(船を)出そうと言ってくれるけえ、ええんじゃないかと思う」

そして、5年前に亀崎さんから頭取を引き継いだのが 唯杉幸正 さんです。しかし、この4年の間、管絃祭は行われませんでした。

川根管絃祭 頭取 唯杉幸正 さん
「楽しみですね。みんな、待ち望んでいました。新型コロナでできなかったときは、できないのか、やらないのか、どうなのかって、みんな言っていましたからね」

川根地区の管絃祭は、宮島の管絃祭と必ず同じ日(旧暦の6月17日)行います。8月3日午後6時、宮島で4年ぶりに「御座船」を使った本来の形での管絃祭が行われていました。

ちょうどそのころ、川根地区では、仕事終わりの若連中たちが、管絃祭で使う御座船を作っていました。事前に作った竹の骨組みをロープで補強します。

若連中たち
「久しぶりだと覚えてないことが多いですよね」

― 今、何を?
「ここに提灯を全部つけます」

実は、御座船の設計図はありません。若連中たちは、これまでの経験を頼りに飾り付けや電飾を施していきますが…、まだまだ亀崎さんのアドバイスが欠かせないようです。

元頭取 亀崎良隆 さん
「これに神さんが乗っとってんよ。御神体よ」

制作時間は予定より少しオーバーしましたが、「御幣」を船首に設置し、御座船は無事に完成しました。

白山貴浩 カメラマン
― 御神酒、どうぞ。
「えー、ぼくですか? 量が多い、だいじょうぶかな」

若連中
「帆を起こせ」

囃子を合図に御座船が出発―。台車に載った御座船の大きさは幅2メートル・長さ10メートル。暗闇の中、神社までの4キロの道を若連中が押して進みます。

白山貴浩 カメラマン
「思ったより速い。すごく蛇行しながら」

若連中
― けっこうフラフラ行くんですね。
「船っぽくないですか?」

― 船っぽいですけど、だいじょうぶですか? たいへんそうですね。
「むちゃ、たいへんです」

「危ない! 右に寄って」

神社手前の民家が立ち並ぶエリアに入りました。

頭取 唯杉幸正 さん
「待て、待て。電線があるね。帆を下ろせ」

唯杉さんが長いさおを使い、電線を押し上げます。その間に御座船は帆と呼ばれる部分を縮めながら通過します。

昔の川根地区は、管絃祭の日になると、出店や炊き出しなどが並び、たくさんの人でにぎわっていたそうです。この日、見物する人は十数人ほどでした。

見物客たち
「がんばって」
「船がすごくきれい。自分もやりたいけど、体が思うようにならない」

― 御座船を見たことがある?
「ない。やってみたい」

午後10時半、御座船は神社に無事、到着。神社の鳥居をくぐりました。

亀崎さんもひと安心です。

川根管絃祭 元頭取 亀崎良隆 さん(74)
「ちょっと片側が重かったのかな。船が傾いたところがあるし。川根地区の若いもんが集まってやったのはええと思います。ほとんど、みんな(管絃祭の進行を)覚えとってと思うが、(次回も)顔だけは出さないといかんと思うとる」

ここからが管絃祭、最大の見せ場です。御座船を台車から下ろし、若連中たちが担ぎます。

向かったのは、神社の階段です。階段を上り切り、巨大な御座船を奉納します。

御幣を戻し、神事を行います。

川根管絃祭 頭取 唯杉幸正 さん
「無事に終わってよかった、4年ぶりに。何年も待っていたので、できてよかった。この日は『船を奉納する日』だっていう感覚ですかね。特別なものではないですね。絶やさず続けていくことです。それだけです」

管絃祭の最後は、御座船を3回転させます。川根地区の若連中は、地域の五穀豊穣・無病息災を祈る神事としてこの管絃祭を続けていきます。

◇ ◇ ◇

小林康秀 キャスター
みなさん、力いっぱい、御座船を運んでいましたけれども、御座船には設計図がないわけですよね。頭の中に設計図があるってことは毎年、祭りを続けていきながら作り続けていくことが大事なんだなと思いました。

中根夕希 キャスター
管絃祭という名前なんですけども、実は神事なんです。この神事、男性の力仕事に見えたかもしれませんが、戦時中は男性がいなかったため、女性だけで行うということもあったようです。それだけ長い歴史のある行事、ぜひ長く続けてほしいと思いました。

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