名のみの晩夏

 時候のあいさつ状の例文を探してみる。8月上旬だと〈立秋とは名のみの厳しい暑さが続いています〉。二十四節気の一つ、立秋は秋の気配が立ち始める日だが、今の暦では8月8日頃の暑い盛りで、「秋立つ」とは確かに名のみだろう▲旧暦の立秋と、今の暦の立秋は1カ月ほどずれており、季節感にもずれが生じる。きょうは処暑で、あいさつ状の例文には〈暑さがおさまる頃となりました〉とある。以前ならば今時分は暑気に陰りが差す頃で、立秋ほどには季節のずれを感じさせなかった▲今はどうだろう。「夏が止(や)む」はずの処暑もまた、名のみと言うほかない。なおも厳しい残暑が列島を覆う▲「名のみ」が際立つのはなにも天候に限らない。東京電力福島第1原発の処理水はあす、海への放出が始まる。政府は漁業者との間で「一定の理解は得られた」とするが、漁業者は首を横に振る▲かつて「漁業者の理解なしに放出しない」と約束を交わしたが、話し合いは平行線をたどった。約束を足かせと感じた政府が「一定の理解」の名の下に強行したという図式が浮かぶ。「理解」「約束」とは名のみの、力づくの策だろう▲この暑さといい、処理水を巡る食い違いといい、〈おさまる頃となりました〉とはとてもいえない。「名のみの夏」は、なおも続く。(徹)

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