「高性能爆弾を334個仕掛けたナリ…」爆破予告の男2人逮捕 “アナログ手法”で容疑者追い詰めた警察の“課題”とは

標的となってしまった東京音楽大学(※写真は池袋キャンパス yama1221 / PIXTA)

「高性能爆弾を334個仕掛けたナリ 今日の14時までに下記の口座に30万円支払わないと仕掛けた爆弾が起爆」――。

そんなふざけた文面で今年1月、東京音楽大に爆破予告のファクスを送信したとして8月、警視庁は東京農工大大学院生、佐藤直容疑者(22)および無職、大熊翔容疑者(26)を威力業務妨害容疑で逮捕した。

2人はネット上で特定の個人などに対し誹謗中傷や犯行予告を繰り返す集団『恒心教(こうしんきょう)』を名乗っており、今年1月~5月にかけ、全国の学校や自治体などに約30万件もの爆破予告をファクスで送っていたという……。

「おおごとになり面白いと思った」

ITジャーナリストの井上トシユキ氏は恒心教について説明する。

「恒心教は元々、『2ちゃんねる』にあった掲示板上で執拗に誹謗中傷や挑発行為を繰り返していた人物をネット民らが特定。その人物に対する誹謗中傷者らへのIPアドレスの開示請求などを行った弁護士が標的に変えられ、弁護士への中傷やさらしを行ったグループの呼称です。グループに実態はなく、メンバーはあくまでもネット上の繋がりですが、15年には今回の事件のように3人が共謀してグーグルマップの改ざんを行い軽犯罪法違反容疑で書類送検されています」

他にも恒心教を名乗る人物らは本件とは別の大学や都営地下鉄に爆破予告を行うなどの悪質な行為を繰り返している。だが、恒心教は「あくまでも愉快犯の集まりのようなもので思想性や組織性はまったくありせん」と井上氏は指摘する。

井上氏の指摘のように逮捕後に二人は「おおごとになり面白いと思った」「ネット犯罪に興味がありファクスを使った犯罪を考えた」と極めて短絡的な犯行動機について供述しているが、近年では攻撃対象になった個人や団体、企業などに深刻な影響が出ていることから警察当局にとっても看過できない存在となっている。

『アラブの春』もTorが支えた!?

このように今回の事件で恒心教の存在がはからずもクローズアップされることとなったが、警視庁担当記者は、「犯行に使用された“Tor(トーア)”の存在が今後もハイテク捜査の課題となりえるのではないか」と懸念する。

「今回の犯行では発信者の特定を困難とするソフト“Tor”が使用されていました。Torは元々、監視国家などでの安全な情報通信手段として米海軍研究所で開発されたソフト『The Onion Router』の略称です。利用者がメッセージを送信する際、Torを使用すると複数のサーバーを経由して匿名化することで送信者のIPアドレスの特定を避けることができるため、送信者に辿り着くことは極めて困難です。

そうした理由からエジプトの民主化運動『アラブの春』もTorが支えたと言われています。日本でも2012年に起きたPC遠隔操作事件でこのソフトが使用され、容疑者に辿り着くのは容易ではありませんでした」

防犯カメラの“リレー捜査”で容疑者らが浮上

今回の犯行でもTorが使用されていたが容疑者に辿り着いたのは従来のアナログ的な捜査手法だった、と前出の警視庁記者が続ける。

「被疑者逮捕の端緒となったのは警視庁に寄せられた佐藤と思しき人物のSNSのアカウント情報でした。提供された情報をもとに投稿を調べると佐藤が恒心教の聖地とされる三重県のマンションを訪れたことをうかがわせる内容を把握。当該マンション周辺の防犯カメラのリレー捜査で佐藤が浮上し、所有していたPCやスマホを解析したところ佐藤と大熊が犯行に関わっていたことが判明し逮捕に至りました」

先述した12年のPC遠隔操作事件でも容疑者逮捕に至ったのはTorの解析ではなく、報道機関等に送られた犯行主張や犯行のソースコードを記録したチップを「江の島にいる猫に預けた」というメールからだった。メールに基づき警察当局が捜索したところ猫につけられたチップを発見。周辺の防犯カメラからのリレー捜査で犯人逮捕へと至ったという経緯がある。

「今回も情報提供がなければ容疑者に辿り着くことは困難だったはずです。ハイテクな犯罪者をアナログな捜査手法で逮捕したのは何とも皮肉な話です。テレグラムやシグナルなどの秘匿性の高いアプリが犯罪に使用された場合も含め、今後もハイテク捜査には課題が残ると思います」

日進月歩するITを駆使した犯罪に対し警察当局の対策は急を要している。

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