ホームラン記念日

 打った瞬間に“行った”と分かった低い弾道の打球、いつもは静かにベースを一周していたあの人の笑顔とバンザイ、打たれた投手の悔しそうな顔と「サイパンへは行かない」の談話…記念の一発を浴びた投手には海外旅行が贈られることになっていた▲あの一打にまつわるさまざまなシーンを今も鮮明に覚えている。野球の王貞治選手が通算本塁打の世界記録を塗り替える756号を放ったのは1977年9月3日の後楽園球場▲ただ、米国のメディアは「日本は球場が狭い」「投手のレベルが違う」と“新記録”に遠慮のない異議を浴びせた。様子が違っていたのは前記録保持者のハンク・アーロンだ。「サダハル・オーは素晴らしい人格者で、大切な友人だ」と称賛を惜しまず「一本足打法」にちなんでフラミンゴの剥製を贈った▲アーロンはベーブ・ルースの記録に迫った頃、執拗(しつよう)な嫌がらせや脅迫を経験している。〈ルースの記録は黒人選手のアーロンに抜かれるべきではない〉▲彼は訴えた。「ベーブ・ルースを忘れてほしいとは思っていない。ただ、私を覚えてもらいたいのです」。王さんへの賛辞は自身のそんな体験のせいかもしれない▲アーロンの名前は「その年に最も活躍した打者」を選ぶ表彰に刻まれている。日本人選手の受賞例はまだない。(智)

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