遠い安堵

 ほっと胸をなで下ろすことを「安堵(あんど)する」というが、漢和辞典によればこの「堵」は「土を詰めて固めた塀」を意味するという。安堵とは「堵に安(やす)んず」、塀の中で安心している心持ちをいう▲いま、日本の周りに「堵」は見当たらない。日本の水産物、水産加工物の輸入を中国政府が全面的に停止した上に、中国から発信された迷惑電話、嫌がらせが続く。漁業に関わる人は落胆と歯がみが絶えないだろう▲漁業者から「一定の理解」を得られた、と日本政府が一方的に宣言して、福島第一原発の処理水の放出が始まった。安堵とは正反対の「不安」や「不信感」が募る中で、中国政府とその国民から言葉ならぬ“言刃(ことば)”の切っ先が向けられる▲数々の迷惑電話は度が過ぎるが、中国政府が“黙認”すればそれも正当化されてしまう。「科学的な根拠」を日本が中国政府にいくら求めても、話がかみ合う様子はない▲中国が非難の矛を収める日は今のところ測りがたいが、日本の水産物輸出のうち中国向けは最も多い。このまま“言刃”をとがらせ、水産物の遮断を続けていては、日本に限らず中国までも弱ったことにならないか▲日本の水産業が難所に立ついま、当面の支援策で列島の周囲に「堵」を巡らすしかない。塀の中で安堵の息をつくまで長丁場になる。(徹)

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