【日本】【海外駐在のマイルール】 職位アップで勘違い 本質を失うべからず[社会]

イラスト:イケウチリリー

言葉や風習が異なる海外赴任生活は困り事が尽きないもの。アジア各地の日本人駐在員に、奮闘しながら見つけた「マイルール」を語ってもらう。今回は、マレーシアとシンガポールの赴任を経て、現地で独立した元駐在員が登場。

シンガポールで起業し、日本企業と現地企業のビジネス仲介をするコンサルティング事業を行っているアキラさん(仮名)。もともとは駐在員で、マレーシアとシンガポールにそれぞれ4年赴任した経験を持つ。当時の生活や、独立した経験から得たマイルールを、駐在員の「先輩」という立場で語ってもらった。

■マイルール1 「イケイケ」は失敗のもと

日本の大学を卒業後、銀行や政府系金融機関などに勤め、海外での融資プロジェクトに携わってきたアキラさん。30代前半の頃、当時勤務していたベンチャーキャピタルがマレーシアの地場銀行と合弁会社を設立。海外勤務に関心があったアキラさんは、現地代表のポジションを志願することに。首都クアラルンプールのオフィスに出向し、投資業務にまい進した。

「合弁会社の日本人は私1人。役員会での議論など高度な内容ともなると自分の英語力不足にぶち当たったり、商慣習の違いに戸惑ったりすることもありました」

その一方、ある程度の決定権を与えられたこともあり仕事は楽しく、日々会う経営者の意思決定を間近に見ることで、自身のビジネスセンスが磨かれたと振り返る。

「ただ当時は若くて経験もなく浅はかだったので、周囲に配慮せず自分中心に勢いでやっていた部分が多々。日々いかに利益を出すかということばかり考えており、投資先への対応もそうした考えが起点になっていました。気付けば出会う人々も利益至上主義の人ばかりという状態でした」

そんな中、転機となる出来事が起きる。

「投資していた取引先がまさかの倒産。最後まで責任を持って対処しましたが、合弁先との関係性がしばらく微妙になりました。こうした事態を招いた心がけを深く反省し、日々の行動を改めるきっかけに。この時の教訓から、起業後の今も日々感謝を忘れず傲慢(ごうまん)さを捨て、できるだけ謙虚でいることを大事にしています」

■マイルール2 駐在員イコール偉いは勘違い

マレーシアに続きシンガポールの合弁会社にも出向し、合わせて8年間の駐在員生活を送ったのち起業したアキラさん。

「20代の時からいつか起業したいと考えていましたが、具体的なアクションを取り始めたのは駐在員生活6年目頃。仕事で多くの起業家に会い、夢を実現させたい思いが強くなったことと、仕事のピークを迎える40代を前に起業したい気持ちが重なり独立を決心しました」

会社を辞め、シンガポールで起業したのはちょうど40歳を迎えた年。現地での人脈などはあったものの、設立当初は資金繰りに四苦八苦。事業を広げ過ぎたことから起業3年目に資金がゼロになるピンチも経験した。

「独立すると全てが自己責任。多くの苦労を伴うもののやりがいがあり『駐在員の方がよかった』とは全く思いません。元の勤務先とは今も関係良好で、駐在員経験が独立のデメリットになることも一切ありませんね」

独立後、駐在員時代にやっておけばよかったと思うのは「もっと全力でサラリーマンをすること」だったと回答。その真意は。

「海外赴任する場合、多くのケースで職位が日本にいたときよりも上がります。自分もそうでしたが、偉くなったような勘違いをして変に経営者気取りでした。休日はゴルフに明け暮れたり、飲みに行ったり。コスト感覚も今思えば甘かった。経営の大変さを知った今のマインドで駐在員をやったら、もっと良い結果を出せただろうなと思います」

■マイルール3 基本は一緒「誠実に向き合う」

シンガポールの一等地にオフィスを構え、大型の合併・買収(M&A)をいくつも手がける元駐在員の起業家。こんなアキラさんのプロフィルからはぎらぎらとした人物像が思い浮かびそうだが、実際は真逆。謙虚、誠実という言葉がぴったりとくる。

「何年も海外で仕事をして分かりましたが、関わり合う人、起こる出来事に対して真摯(しんし)に向き合うことが大事なのは世界共通。小手先でやったとしても、長い目で見るとうまくいきませんね」

駐在員を経て起業する日本人は、アキラさんの周辺だけでもかなりいるそうだが、失敗している人も多いと明かす。

「マレーシアやシンガポールに限りませんが、起業するなら成長する市場で競合が少ない方が失敗のリスクを下げられる。そういった市場環境の分析は当然のこととして、海外で独立し、長く続けるために大切なことは『世のためになることを行う』という信条を持つことだと思います」と語る。

「飲食店を開くにしても、単に自分がもうかるためにしたいのか、はたまたおいしいものを提供して、多くの人に喜んでもらいたいのか。それによって人脈も、巡ってくる場所も、結果も違ってくるというのが持論です」

──────────────────────────────

■駐在員に送るエール

アジアで活躍するビジネスパーソンとなるために大切だと思うのは、無い物ねだりせず、いま手元にある物に感謝する気持ち。そういったマインドがあれば海外生活に慣れるのも早く、現地スタッフとも円満な関係を築けるはずです。

逆に、アジア特有の時間のルーズさや、インフラが整っていないなど日本と比べて足りない点ばかりに目が行く人、完璧主義な人は仕事面でも生活面でも難しいと思います。日本のスタンダードを一度壊して、現地のそれに慣れていく覚悟を持ってほしいです。

また、他国に身を置くものとして、日本との友好関係を日頃から意識することも大切。マレーシアもシンガポールも親日的ですが、戦時中は日本が加害者であった歴史をきちんと学んでおくべきです。

アジア各地には、日本の技術やアニメなどの文化に関心を持ち、日本旅行を好きな方も多くいます。日々接する人々が自身を通じて、さらに日本を好きになってくれて、後輩駐在員たちの資産となる。そんな良い循環が生まれることを願います。(アキラさん)

──────────────────────────────

※「海外駐在のマイルール」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2023年9月号<https://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。

© 株式会社NNA