ストイコヴィッチが身を置く、過酷すぎる“代表監督”の立場。「日本では許されるのかもしれないが」 衝撃の逆転負けを取材した

2022-23シーズンのUEFAネーションズリーグの2部にあたるBのグループ4でノルウェー、スウェーデン、スロベニアを相手に勝利を収め、トップカテゴリーへの昇格を成し遂げたセルビア代表。

EURO2024の予選でも開幕から2勝1分けと好調を維持していたものの、7日にホームで行われたグループ首位争いのハンガリー戦で1-2と逆転負けを喫してしまった。

この試合は以前のモンテネグロ戦における観客のトラブルによってファンの観戦が制限され、その代わりに子どもたちを招待していたのだが、彼らの目の前で勝利を得ることはできなかった。

そして、この模様を現地で取材したのが、バルカン地域の研究者でもある石川美紀子さん。セルビアやモンテネグロのサッカーを数多く取材しており、カメラマンとしても活躍している女性である。

今回はこのハンガリー戦をスタジアムで撮影した際の貴重なレポートをお送りする。

“複雑な民族感情”が無観客試合に繋がる世界

バルカン半島の歴史はあまりに複雑だ。はるか昔から民族紛争が続いていることは周知の通りだが、30年前のユーゴ崩壊以降、ここ数年でさらに状況は刻々と変化している。

欧州の歴史的政治的な事情を鑑みて、サッカー界においても、組み合わせ抽選会の段階でそもそも対戦しないように配慮されている国々がいくつかあるが(セルビアとコソヴォ、ウクライナとベラルーシ、スペインとジブラルタルなど)、それ以外の組み合わせであってもバルカン地域の隣国同士の対戦でトラブルは日常茶飯事である。

今年3月に行われたEURO予選、モンテネグロ対セルビアでもサポーター同士のトラブルがあり、両国サッカー協会はUEFAからそれぞれ制裁を受けることになった。

私が十数年前に初めてこの地域を訪れた頃、モンテネグロはセルビアから平和裏に独立した直後で、お互いに兄弟国として認識し合っていたはずだった。

しかしEUへの早期加盟を目指すモンテネグロは、セルビアからの政治的文化的依存の脱却、国内で増え続けるアルバニア系住民への対応(言語や宗教問題を含む)などを背景に、昨今ある種のナショナリズム化が急速に進んでいるようにも思われる。

折しもこの春は大統領選挙が行われており、複雑な民族感情の高まりの中で両国が対戦するサッカー代表戦が開催され、トラブルに繋がったようだ。

バックスタンドいっぱいに子どもたちが詰めかけ、声援を送っている。引率と称した大人たちが相当数まざっているのはご愛嬌
両国の子どもたちと一緒に入場を待つ選手たち

今回のセルビア対ハンガリー戦は、こうした事情によるUEFAからの制裁の一環で、無観客で行われた。その代わりにスタンドには14歳以下の子どもたちが招待されることになった。

機能しなかった「超攻撃システム」

グループリーグ無敗同士の首位決戦、悲願の本大会出場に向けて絶対に負けられない一戦である。

試合前の国歌斉唱
ストイコヴィッチ監督が選んだスターティングイレブン

開始10分、オウンゴールでセルビア先制。ピッチサイドからはヴラホヴィッチの得点だったようにも見えた。

ヴラホヴィッチ自身も笑顔で、俺の足に当たったよ、というようなジェスチャーをしていた
フィリップ・コスティッチ(ユヴェントス所属)
キャプテンのドゥシャン・タディッチ。これで代表キャップ99試合となった
ミロシュ・ヴェリコヴィッチ(ブンデスリーガのヴェルダー・ブレーメン所属)

子どもたちのホームの声援を受けて優位に試合が進むかと思いきや、セルビアは前半34分と36分に立て続けに失点し、あっさりとハンガリーに逆転を許してしまった。この日のスターティングイレブンはメディアでも「超攻撃的な布陣」と言われ、結果的にこの選手起用が裏目に出てしまったかもしれない。

前半の失敗を修正するべくハーフタイムに2人の選手を交代し、後半の勝負に臨むセルビア。しかしヴラホヴィッチのシュートは何度も相手GKに阻まれ、ゴールが遠い時間帯が続く。

ハーフタイムに控え選手たちのトレーニングをリードする喜熨斗勝史コーチ
ネマニャ・グデリ(セビージャ所属)
ヴラホヴィッチのシュートはハンガリーGKに阻まれる
セルゲイ・ミリンコヴィッチ=サヴィッチ(左)。スペイン育ちらしく、練習場ではとても人懐こい笑顔を見せてくれる選手だ
ストライカーのアレクサンダル・ミトロヴィッチ。この夏にサウジアラビアのアル・ヒラルに移籍した
後半から投入されたアンドリヤ・ジヴコヴィッチ。ギリシャでプレーしている
ストラヒニャ・パプロヴィッチ(オーストリアのザルツブルク所属)

試合は1-2で敗戦。セルビアは結局、開始10分のオウンゴール1点のみだった。試合前日会見では「皆さん、試合を楽しんで」と最後にコメントしていたストイコヴィッチ監督だったが、この夜、彼自身は間違いなく全く楽しめなかったと思う。

ストイコヴィッチでも「ここでは許されない試合」

グループリーグ無敗同士の首位決戦に敗れ、1位通過は厳しい状況になったセルビア。

試合後、ピッチレベルの報道各社トップレベルのフォトグラファーたちも、本社に写真を送る作業をしながら「全く撮り甲斐のない試合だった」と口々に不満を言っていた。

隣で撮影していた私のカメラの師匠などは「お前は日本から来ていて、ピクシーは日本では何をしても許されるのかもしれないが、ここではそうじゃない。こんな試合をしているようでは全くダメだ!」と激怒。おおぅ…。

選手たちは皆、招待された子どもたちにユニフォームをプレゼントしていた
厳しい顔でピッチを後にするピクシー

ストイコヴィッチ監督の攻撃的な選手起用が上手く機能しなかったということもあり、翌日のメディアはこぞって辛辣な書きっぷりであった。

この試合の3日後、アウェイのリトアニアで1-3で勝利したセルビア。残り3戦でグループリーグ2位はキープしている。次戦は10月14日、またもやハンガリー相手にアウェイでの闘いとなる。正念場である。

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石川美紀子さんによるセルビア現地でのEURO2024レポートをお送りした。ドラガン・ストイコヴィッチ監督率いるセルビア代表は5試合を終えて勝点10のグループ2位。首位のハンガリーとは勝点で並んでいるものの、消化試合数が1つ多いために実質は後塵を拝している状況にある。

またグループ3位のモンテネグロが勝点8で猛追してきているため、1つ試合を落とせば予選敗退となる3位に転落する可能性もある。10月14日に行われるアウェイでのハンガリー戦はまさに負けられない一戦となるだろう。この試合は日本でもDAZNで放送される予定だ。

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