<行方不明男児の発見をきっかけに、長い間のボランティア活動も知られて一躍有名人になり「スーパーボランティア」と称された。今も地味な暮らしは変わらず、海岸の清掃や被災地でのボランティアを地道に続けている>
Y君を発見してから日出町の自宅には報道陣の車の列ができ、毎日、40~50人の記者やカメラマンが家に押しかけました。新聞、週刊誌に記事が並び、インタビューも繰り返し放送されました。静かな生活は一変しました。取材の順番を待つ記者が並び、連日、朝から晩まで一人ずつ丁寧に対応しました。
記者の皆さんも仕事です。東京から来て手ぶらで帰らせるわけにもいかない。「来る者は拒まず去る者は追わず」が私の生き方なんです。自分がマスコミに出ることでボランティアをする人が増え、風化していく大震災を思い出してほしいとの気持ちもありました。