社説:処理水放出1カ月 水産物輸出の影響抑えねば

 東京電力が福島第1原発で処理水の海洋放出を始めて、1カ月がたった。

 初回分の約7800トンの放出で設備トラブルや周辺の海水、魚に放射性トリチウム濃度の異常はないとし、今週にも2回目を始める。

 福島県沖で取れた魚介類に風評被害による価格低下はみられないといい、地元で一定の安堵(あんど)の声が聞かれている。

 一方、中国は反発して放出開始から日本産水産物の輸入を全面停止したままだ。最大の輸出先が途絶し、水産業者への打撃が広がっている。

 漁業者らが放出に反対を続ける中、「全責任を持つ」と押し切った岸田文雄政権である。影響が長期化しないよう、丁寧な事業者支援とともに、輸入制限撤廃に向けた外交努力を尽くさねばならない。

 初回の放出は8月24日-9月11日に行われ、東電や環境省、水産庁、福島県がそれぞれ公表した海水や魚の分析結果は、いずれも問題なしとされた。

 だが、中国政府は「核汚染水」と呼び続け、水産物の輸入停止を従来の福島など10都県から、日本全国へ拡大した。

 日本からの水産物輸出で、中国向けは昨年に871億円で最も多かった。これが全面停止となり、中国内の飲食店などで他国産に置き換えが進んでいるのは大きな痛手といえる。

 最大品目のホタテは、中国に輸出して殻むき作業を行い、米国などに輸出する取引が定着しており、加工・貿易業者にも影を落としている。

 政府は、風評被害や漁業継続などへの対策基金に加え、国内の加工施設整備や販路開拓用を上積みして計1千億円の支援規模とした。ただ、高額となる設備投資や人手不足から活用のハードルが高いとの声もある。実態に即した柔軟な対応が求められよう。

 国内では、福島沖の水揚げ品や、禁輸で積み上がる冷凍ホタテなどを食べて支援しようという消費者の動きも出ている。新たな販売先や需要の拡大につなげたい。

 そのためにも政府と東電は、海や魚介への影響に細心の注意を払い、情報開示や説明の徹底が欠かせない。これまでの廃炉作業を通じ、国内外の不信を招いてきた消極的な姿勢を繰り返してはならない。

 中国の禁輸措置は科学的根拠を欠き、政治利用を狙う不合理な圧力なのは明らかである。他国に連携を求めたが、広がっていない。

 日本側は「科学的な安全性」を旗印に押し通そうとしたが、中国側の強硬姿勢を甘くみた「誤算」も否めない。

 中国の政策変更を実現させるには、ハイレベルの対話が不可欠だ。11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)などで早期に首脳会談を設け、日中関係を改善軌道に戻すための重要課題として事態打開を図りたい。

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