片岡愛之助の教訓「新しいことをやりつつ、古典を大切にする」

2023年は5本の出演映画が公開されるなど、数多くの作品に引っ張りだことなっている、大阪出身の歌舞伎俳優・片岡愛之助。1978年に放映された同名ドラマにインスパイアされた舞台『西遊記』では、猿の妖怪にして無敵のヒーロー・孫悟空役で主演をつとめる。

舞台『西遊記』で主演を務める俳優・片岡愛之助

正統派の男前から狂気のキャラクターまで、多彩な演技の礎となったのは、やはり歌舞伎・・・しかも古典作品へのこだわりだったとも言う。そんな愛之助に、『西遊記』のお楽しみポイントや、若い頃から変化した仕事観などについて語ってもらった。

取材・文/吉永美和子 写真/木村正史

● 「やっぱり悪が勝つより、正義が勝つ方がいい」

──ちょうど取材の前日に『翔んで埼玉~琵琶湖より愛を込めて~』の特報を拝見しましたが、愛之助さん演じる大阪府知事役は、また強烈なキャラクターですね。

最初に台本読んだときは「これ、アウトレイジ?」と思いました(笑)。先日、吉村(洋文)知事に会ったときに「僕、もうすぐ公開される映画で大阪府知事やるんですよ。吉村さんがモデルじゃないんですけど、多分観たら怒ると思います」と言ったら「絶対に行きます」とおっしゃっていました。

ドラマや映画でも活躍する愛之助、11月公開の『翔んで埼玉~琵琶湖より愛を込めて~』にも出演する

──今ごろ唖然としてるかもしれませんね。

あんな風になったらどうしましょう(笑)。あの衣裳、池乃めだかさんのスタイルなんです。「大阪の人、わかってくれるかな?」 って、ドキドキしてるんですけど。

舞台『西遊記』の公演ビジュアル

──ああ、言われてみたら確かにめだか師匠です! しかしあのキャラクターを見て「本当にこの人、NGあらへんなあ」と、改めて感心しました。

それはもちろん、役者ですからね(笑)。役をしてこそですから、できないことはないです、もう。

──そして次は『西遊記』ですが、私も愛之助さんと同世代で、やっぱり子どもの頃にあのドラマを夢中になって観ていました。

今見ると、悪役のメイクとか大雑把に見えたりしますけど、子どものころは怖かったですよね? あの当時の最先端の技術を使っていましたし、そういう意味では当時の僕らが「すごいなあ」と見入ってしまう、魔法みたいな世界ではありました。

──善と悪がきっぱり別れた勧善懲悪なストーリーも、時代だなあと思います。

やっぱりお客さまが求めているのは、「わかって見る勧善懲悪」じゃないでしょうか。たとえば『水戸黄門』だと、時間になったら「これが目に入らぬか!」っていう展開になるのがわかっているけど、みんなそれを喜ぶ。それは今でもそうです。『半沢直樹』とか。

──「倍返しだ!」「キター!」って。確かに今でも同じでした。

やっぱり悪が勝つより、正義が勝つ方がいいですしね。それと『西遊記』は悟空だけじゃなく、キャラクター1人ひとりが際立っているのも魅力です。みんなで一緒に旅をして、いろんな事件に巻き込まれたり、引き起こしたりするなかで、それぞれの事情や人生が見えてくる。その人生を観ていただくことが、非常に楽しいんじゃないかと思います。

● 「そもそも歌舞伎は、変わったことをするもの」

──そのなかでも、孫悟空のおもしろさはどこにあると思いますか?

コミカルなところじゃないかと思います。(ドラマ版の)堺正章さんの孫悟空は、軽いノリと勢いがあって、でもそのなかに正義があるというのが好きだったので、そこは近づきたいですね。あとは筋斗雲に乗って出てくるとか、如意棒という伸び縮みする棒があるとか、分身するとか、すごく夢が詰まったキャラクターでもあります。

今回は演出の堤(幸彦)監督が、最新の舞台用LED技術と、人間の生身のアクションを組み合わせることで、よりおもしろく、最先端の表現を作られると期待しています。

分かる人には分かる…『西遊記』にちなんだポーズを取る愛之助

──堤さんは舞台『真田十勇士』(2014年)でも中村勘九郎さんを主演にしていましたが、やはり歌舞伎俳優の所作にお詳しいのでしょうか。

その辺りをうかがったことはないんですが、歌舞伎には普通の演劇ではあまりしない動きとかはあります。たとえば演技の途中で一瞬ポーズをとって制止する・・・いわゆる「見得を切る」というのは歌舞伎独特のもので、ほかの役者さんはなかなかできないんです。でも舞台表現としてはすごく効果的ですし、最近では「劇団☆新感線」さんとかも、すごく上手く使ってらっしゃる。

──今回の『西遊記』もそうですが、『ONE PIECE』や『風の谷のナウシカ』など、アニメや漫画が原作の現代的な歌舞伎作品が、これまでにない勢いで作られています。

僕も先日、新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)』を観てきたんですけど、非常によくできてました。客席もいろんな層・・・色とりどりの髪色の方から、普段から歌舞伎をご覧になるような方もいらっしゃって。やっぱり間口を広げるために、そういう作品をどんどん上演することは大事ですし、そもそも歌舞伎は成り立ちを考えれば、変わったこと、その当時の最先端のものをするもの。歌舞伎はもともとは「かぶき者(もの)」から来ているわけですから。

昨今の「歌舞伎界」について語る片岡愛之助

──そもそも、派手なファッションで変わった振る舞いをする人たちのことをそう呼んでいたわけで。

そして最先端の話題・・・たとえば近松門左衛門は、実際に起こった心中の話を何本も芝居にしました。(鶴屋南北作の)『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』では、騙された恨みからストーカーになった男が女を殺して、その首を持ち帰って、それを見ながらお茶漬けを食べるんです。

──完全にワイドショーネタじゃないですか。

高尚な芸術と思われがちですが、全然そうではなく、今も昔も、庶民のための娯楽なんです。最先端のものが何度も上演されて、時代が変われば「古典」と言われる。『ONE PIECE』だって、300年も経てば「ああ、古典の『ONE PIECE』ね」と言われます。だから新しいこと、変わったことをしていくことも、実は歌舞伎の歴史をきちんと紡いでいくことになるんです。

昔から最先端のものを取り入れてきた歌舞伎、今後も「新しいもの」を取り入れることでその良さを保っていきたいと語る愛之助

──そういう愛之助さんも、フラメンコを取り入れた歌舞伎や、『リング』の貞子を登場させる歌舞伎など「傾いた」作品を作られてます。

ただこういう新しいことをやりつつも、古典を大切にするのが一番大事ですし、僕が当然やらなければいけないこと。先人が積み上げた古典をしっかり学んでから、新しいことを作っていくのが、明日へのつながりになると、父(片岡秀太郎)も言っていました。(歌舞伎の)「型」がちゃんとできてないと、新しいこともただのハチャメチャになってしまいますからね。

● 「今はいただいたお役を、どれだけきちんと勤めるか」

──ずっと若手だと思っていた愛之助さんも、いつの間にか50代となられましたが、人生設計に変化はありますか?

20代は漠然と生きていたんですけど、やっぱりちゃんと終わりから逆算して計画を立てた方がいいですね。「いつかやる」と思っていたら、ずーっと平行線ですが、「○歳までにこれをやる」となったら、目標に向かって上向きに進んで行くので、その方が早く成就すると思うんです。漠然と生きていたら、成功もゆるやかだということに、最近になって気づきました。

「漠然と生きていた」という、若手時代を振りかえる愛之助

──歌舞伎俳優だと、やはり「○歳までにこの役をやる」と考えるのでしょうか。

そういうのはあまりないです。昔は「やりたい役はありますか?」って聞かれたらたくさんあったんですけど、今はいただいたお役を、どれだけきちんと勤めるかということを考えています。最近というか、ここ10年ぐらい感じているのは「芝居は1人ではできない」ということ。

結局やりたいお役をやるにしても、相手役が誰なのか、その周りには誰がいるのかということが、すごく重要。自分の「やりたい」ではなくて「今いるメンバーで、どんな最善のことができるか?」ということを考えるようになりました。

ここ10年ほどの心境の変化で、「芝居は1人ではできない」と改めて気付いたという愛之助

──そうやってめぐりあった役を無心にやっていれば、良い舞台につながると。

そうですね。でもその一方で、たとえば自分が歌舞伎公演の座頭に決まったら、どのような座組がいいのか? このご時世にふさわしかったり、僕がお客さまなら「観たい」と思うものはなにか? ということを、すごく考えなきゃいけない。

──『西遊記』は本当に素敵なキャストです。

最高ですよね。松平健さんにしても小池(徹平)くんにしても、僕以外は主役を務める人しかそろってないじゃないですか。大衆演劇で言ったら、座長大会みたいなものですよ。地元の大阪が(公演日が)3日間しかないのは残念ですけど、もう今から演じるのが楽しみだし、必ず「来てよかったなあ。もう1回観たいなあ」と思っていただける舞台になると思います。

舞台『西遊記』は愛之助のほかに、小池徹平、戸次重幸、中山美穂、松平健などが出演。脚本はマキノノゾミのオリジナルで、演出は堤幸彦が担当する。大阪公演は11月3~5日に「オリックス劇場」(大阪市西区)にて。チケットはS席1万5000円ほか、現在発売中。

舞台『西遊記』

期間:2023年11月3日(金)~5日(日)
会場:オリックス劇場(大阪市西区新町1-14-15)
料金:S席1万5000円、A席9500円、B席5500円

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