社説:国葬記録集 後世の検証に役立たぬ

 選挙遊説中に凶弾に倒れた安倍晋三元首相の国葬から、きょうで1年になる。

 妥当性や法的根拠について国民の疑念が深まり、世論の分断を招いたにもかかわらず、政府が作成した「国葬記録集」でも解明されないままだ。岸田文雄首相は国葬の検証やルールづくりを約束したものの、早急に不都合な問題にけりをつけたいとの思惑が透ける。

 記録集は、内閣府の国葬事務局が昨年9月に東京・日本武道館で営まれた国葬の公式記録としてまとめた。写真を含め約200ページに及び、国葬実施の閣議決定や準備作業、当日の流れなどの事務資料を収録した。今後、同様の葬儀を執り行う際の参考とする趣旨だ。

 松野博一官房長官が序文で「故人の人柄と事跡をしのばせるにふさわしい盛儀だった」と総括し、岸田首相や菅義偉前首相らの追悼の辞も収めた。「憲政史上最長の8年8カ月にわたり首相の重責を担った」とされる功績を紹介し、国内外から多数が参列したといった肯定的記述が目立つ内容だ。

 ところが、政治家の国葬そのものの是非に加え、内閣の判断だけで進め、国会が関与しなかったことや、実施基準の曖昧さ、約12億円を費やした経費の妥当性などを問う声は一切盛り込まれなかった。国葬決定過程の詳細は分からず、参列者名簿の記載もない。

 政府は過去の首相経験者の葬儀記録集に倣った構成だとするが、異例の国葬を同列に扱うわけにはいかない。批判に目を背け、課題の検証を怠っては意味がない。

 そもそも国葬実施は銃撃事件直後、岸田首相が元首相の支持層への配慮から拙速に決めたのは否めない。多くの疑問点から世論調査で反対論が多数派に膨らみ、故人を静かに悼む空気を損なった。

 このため、岸田首相は国葬の検証を重ねて表明してきた。

 政府が昨年12月に公表した有識者ヒアリングでは「国民の間に対立としこりが残る負の遺産を生んだ」といった指摘もあった。しかし、記録集は疑義に触れず、政府の公式記録として残されない。こうした岸田政権の不誠実な姿勢こそ後世に問われるのではないか。

 政府は今年7月、国葬の基準を巡り「時の内閣において責任を持って判断する」と明文化しない方針を突然打ち出した。これ以上の検証作業は行わない意向だ。

 岸田首相は「丁寧に説明する」と言いつつ、いまだ説明を尽くさず、明言した約束すら守らない。首相の責任は極めて重い。

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