仏の名匠デプレシャン監督「映画は奇跡を呼ぶことができる」

『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』でオスカーを獲ったマリオン・コティヤールと、『それでも私は生きていく』などで知られるメルヴィル・プポーが姉弟を演じ、家族だからこそ憎み合う関係をシリアスかつコミカルに描いた映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』。

6年ぶりに来日した、フランスの名匠アルノー・デプレシャン監督

誰しもが陥ってしまう現実を、映画ならではのマジックで幸せの結末に導いたのは、世界の映画ファンを魅了し続けてきたフランスの名匠アルノー・デプレシャン監督。6年ぶりに来日した監督に、すべての作品のファンであるという評論家・ミルクマン斉藤が話を訊いた。

取材・文/ミルクマン斉藤

◆「憎しみは愛によって救われるべき」

──監督の映画って、いろいろと葛藤がありながらもラストはどこか爽やかな感じが残りますよね。決して登場人物を宙ぶらりんにしたままにしないのが素敵だなと思ってまして。

シニカルな人は、ハッピーエンドを悪く言ったり、馬鹿にする人がいますが、でも、私はやはりどんなに馬鹿馬鹿しく響くかもしれないけど、死は生によって償われるというか、そこに光は与えるべきだと思うし、憎しみは愛によって救われるべきだという風に信じているんです。

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』 ©︎ 2022 Why Not Productions – Arte France Cinéma

──海外プレスのインタビューを読ませていただいたんですが、ビリー・ワイルダー監督の『お熱いのがお好き』(1959年)ラストの、滋味深くも爆笑の名セリフ「完璧な人なんていないさ」が大好きだとおっしゃってますね。監督の映画って、まさにその通りだと。

これはフランソワ・トリュフォー(フランスの映画監督、俳優/ヌーヴェルヴァーグを代表する監督のひとり)が述べたことなんですけど、「主人公が不幸になって自殺して終わって、光が点灯すると客席から拍手が起こって、それが賞を獲っちゃうなんてまったく不道徳だと思う」と。それは、曖昧なままに映画を終えるということでもあります。

『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』予告編

例えば、今回の作品においては、最後にアリス(マリオン・コティアール)は夫も子どもも演劇も捨て、犠牲を払って違う場所へと赴いていき、でもそこで自分はようやく生きていると確信する。そうした病んだ部分が残ったとしても、窓が開いていることが大事だと思うんです。

──まさに船は進んでいくという前向きな終わり方をするんで、観てる側も救われた感じがするんですよね。監督の映画は全部好きなんですが、群像劇であった『クリスマス・ストーリー』(2010年)などとは趣が違い、もっと凝縮された「家族劇」になっています。

『クリスマス・ストーリー』も弟と姉の確執なんですが、今おっしゃられたように複数の登場人物が出てきて、それぞれの物語を枝分かれするように描いていきました。しかし今回は、ひとつのあるテーマだけに執着して撮りたい、かつて撮った『ルーベ、嘆きの光』(DVD題名『ダブル・サスペクツ』)のように、「なぜ」ではなくて、どのようにそれが解決していくのかっていう風に進んでいきたいと思ったんですね。

◆「映画だから可能な奇跡とも言えます」

──個人的なことですが、僕にも家庭的な確執が長くありまして。なぜそこまで憎み合うのか、距離を置くようになったのかよく分からなくなっちゃってるんですよ。本作でも、そこに至る根源をはっきりしないままに描いていますが、それはそれでとても正しいなと僕は感じるんです。

怒りや憎しみなどネガティブな感情というのは、絶対に人間のなかに存在する。それは愛の不幸な表情だと言えます。それは時間を無駄にすることでしかないから、早く止めにしなければならない。とはいえ、実人生ではそんなに簡単に止めることはできないけど、映画ではそんな奇跡を呼ぶことができるんです。

──なるほど!

実生活でもそれが完全に不可能というわけではないけれども、映画の力がそれを可能にしてくれるのを見せてくれます。例えば、この映画のなかでルイ(メルヴィル・プポー)がスーパーマーケットに行くと、そこで長い間会うことも口をきくこともなく、いろんな思考を巡らせていながら近づくことができなかった2人がそこで出会う。

そこではすべてのそうした思考や感情なんて関係なく、その相手が存在している、他者が存在することをはっきりと2人は知る。誰もいないスーパーマーケットで対峙して、2人が限りなく同じであり、限りなく違う2人の人間であるという明白な事実を知るわけですね。それこそ映画の奇跡と言えるのではないかと思います。

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』 ©︎ 2022 Why Not Productions – Arte France Cinéma

──まさにそうだと思います。あれ以降の展開は、本当に美しい。正直ちょっと泣いちゃったんですけれども。

そして同時、滑稽でもありますよね(笑)。

──そうなんです。それが監督の作品の素晴らしいところで。いつもどんなにシニカルで、そんなにシリアスな状況であろうとも、どこかコミカルなところを忘れない。

誰もが死する存在であって、そして彼らの両親が亡くなったときに、ようやく彼女は弟に「会いましょう」と書いた紙切れを渡して、和解へと進んでいく。カフェのシーンで「あなたに許しを請うわ。でもなぜなのか分からない」というセリフはとても美しいけれど、映画だから可能な奇跡、可能な行為とも言えます。

「映画だから可能な奇跡」とアルノー・デプレシャン監督

──でも映画といえども、そうした奇跡は滅多にありません。しかし監督は、ほとんどすべての作品でそうしたミラクルを起こし続けています。

ハハハ、それは頑張って仕事をしているからなんです(笑)。

──不躾にメッセージを押しつけるようなことを監督はされないですよね。

それはそうだと自分でも思っています。

──僕はそれがとても愛おしい。とりわけ今回は、マリオンとメルヴィルという2人の演技が強烈で。マリオンのすごさ、美しさは当然存じ上げてますが、メルヴィルが今まで以上に素晴らしい。

メルヴィルは歳とともに、俳優として、また人間として深いものをどんどん芽生えさせてきたと思うんですけど、今回のこのルイという役によって彼は今までにはなかったような俳優としての深みを勝ち得たと思うんですね。・・・と本人も言ってくれました。ひとつ逸話をお話ししても良いですか?

──もちろん、お願いします。

◆「できる限り世界へと開いていこうと」

姉弟の父は、妻が亡くなった後に自ら死を選ぶわけです。そのとき、メルヴィル演じるルイは外でお酒を飲んでて警察に尋問されていて、その後に家に戻ってきたときに妻のフォニア(ゴルシフテ・ファラハニ)からの電話で父が亡くなったことを知る。そのとき、2人はそれぞれ涙を流すんですが、それを現場で撮っているときに私はすごく感動したんです。

どうして自分がそんなに感動しているのかすぐには分からなかったんですが、編集をしながらようやくなぜだか理解できたんですね。ルイは息子を亡くして10年して、ようやく父の死によって息子の死を泣くことができたっていうシーンだったと後になって分かり、本当にあのときのメルヴィルの演技は素晴らしかったなぁと思いました。

ジム・ジャームッシュ監督の『パターソン』(2017年)でも知られるゴルシフテ・ファラハニ ©︎ 2022 Why Not Productions – Arte France Cinéma

──今、ゴルシフテ・ファラハニのお話が出てきましたが、僕、イラン映画が大好きなんですね。それで、彼女がまだイランにいた時代(現在はパリ在住)の映画も、映画祭での上映も含めて結構観ているんですが、出番は決して多くないながらもその璃々とした美しさ、存在感が際立っていますよね。

なんか、反逆の美しさというかね。

──そうそう。その通り。

葬式の後、入棺のセレモニーのときにルイは、姉・アリスの自分への憎しみの前に近寄れない。でもフォニアは近づいていく。義姉のアリスはカトリック信者として墓穴に花びらを落とすんですけれど、フォニアはユダヤ教徒として、まるで挑んでいるかのように土を投げ入れる。自分の愛する男に私はついていく、という仕草を義姉の前で見せるんですよね。

──宗教の話が出ましたが、監督はカトリックなんですか?

カトリック教徒の家に生まれました。だから洗礼を受けるとか、すべてのカトリック教徒としての行事は全部やりましたよ。あと、懺悔もね。でも宗教的に偏った考えは持っていません。ユダヤ教徒の友だちもたくさんいるし、特に小説家の友だちがとても多いんですよ。

笑顔でインタビューに応えた、フランスの名匠アルノー・デプレシャン監督

──日本は汎神論的なんで、そのあたりもじつに興味深い。

できる限りさまざまなものが存在してる世界へと開いていこうと思って、私は映画を作っているんです。例えば、『あの頃エッフェル塔の下で』(2015年)で、主人公のポールはタジキスタンという世界の果てのような場所に旅立つんですね。今回の映画ではアリスはベナンという、私たちにとっては世界の果てのような場所へ赴きます。

──僕もあの映画のラストを思い浮かべました。ところで、長く一緒に組まれているグレゴワール・エッツェルの音楽。決して表だっては来ないんだけれども、本当に映画に寄り添うようにして弦楽器を中心とした音楽が続いていくのが美しいなぁと。

先ほど、アリスは暗い感情に囚われてしまっているとお話ししましたけれども、感情に囚われ、暗闇のなかに閉じ込められた小さな少女のようなアリスに寄り添って、光の方に導いていったのはマリオン・コティヤールという女優であり、そしてグレゴワールの音楽であると思います。

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』は、大阪「シネ・リーブル梅田」(大阪市北区)ほかにて公開中。

映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』

2023年9月15日公開
監督:アルノー・デプレシャン
出演:マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー、ほか
配給:ムヴィオラ

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