【夏の音楽フェス事件簿】熱中症、性加害などトラブル多発…責任は「運営」「観客」どちらにある?

「楽しい思い出」として心に刻みたいが…(yukiotoko / PIXTA)

秋の気配とともに夏への名残惜しさを感じるこの頃、思えば今年の夏はSNSやネットニュースで「夏フェス」に関するさまざまなトラブルや事件を目にしたと感じる人も多いのではないだろうか。

非日常的な空間である夏フェスでは、思わぬところにトラブルの落とし穴があるもの。実際に起きたトラブルを、自身も音楽好きだという小林楽弁護士とともに振り返りながら、来夏のフェス参戦時の心得について考えたい。

【事件1】サマソニで「熱中症」続出

8月19日~20日に開催されたSUMMER SONIC。最高気温が35℃を超えた19日には、野外ステージで体調不良を訴える観客が続出し、100人ほどが救護室に運ばれた。中には病院に救急搬送された人もいるという。

被害拡大の背景には、会場の芝生の劣化を防ぐために水とお茶以外の飲み物や、食べ物の持ち込みが禁止されたことから、観客がスポーツドリンクを飲めなかったり、塩あめなど暑さ対策アイテムを没収されたりしたことがあるとも言われている。

こうした事態を招いた運営側に、法的責任はないのだろうか。

「フェス運営者には裁量がある一方、来場したお客さまに対して一定の安全を確保する義務(安全配慮義務)もあります。

そのため、運営がこの安全配慮義務に反していたと言えるような場合には、運営側に法的責任がある(たとえば民法709条に基づいて損害賠償責任を負う)という判断になる可能性はあるでしょう。

サマソニのケースでは、フェスの運営に関しての規則や、実際の規制に関しての事情が分からないため断言はできませんが、熱中症になる人が続出したという結果は生じており、運営がスポーツドリンクを禁止し、塩あめなども『食べ物』として没収するという規制を行えば、熱中症になる人が発生することが予見でき、他にとりうる手段があって熱中症になる人の数を減らすことができた可能性があったと判断されれば、運営として法的責任を負う可能性はあると考えます」(小林弁護士)

【事件2】フジロック「電子決済のみ」だったはずが、通信障害で使えず…

7月28日〜30日に開催されたFUJI ROCK FESTIVALでは、「飲食店含むすべての店舗で完全キャッシュレス決済となります」と事前に告知されていた。しかし、実際フェス当日は通信障害が発生し、店頭の電子決済システムがほぼ使えず、急きょ現金支払いに変更する店も多くあった。現金が手元になくて飲食物が買えない人も大勢いたと思われる。

参加者に対して事前告知で「完全キャッシュレス」をうたっておきながら、通信障害でキャッシュレスが使えないという状況におちいったことに、運営側の責任はないのだろうか。

「運営側が『通信障害が発生することがどれだけ予見できたのか』が考慮要素になるかと考えます。

たとえば、予見は可能であったのに運営が確認を怠っていたためにそれができなかったとか、予見はしていて別手段をとることが十分可能であったのにそれをしなかった…など。

そういった事情により、飲み物を買うことができずに脱水症状になってしまう人が発生した場合などは、運営が安全配慮義務に反していると判断される可能性があります」(小林弁護士)

【事件3】熱狂のあまりアーティストに“接触”

8月13日に大阪で開催されたイベントで、韓国の有名DJである「DJ SODA」さんが一部の観客から胸などを触られる被害を受けたとSNSで訴える事件があった。イベント主催者は「不同意わいせつ」などの疑いで警察に刑事告発する事態となり、世間をにぎわせたことは記憶に新しい。

本件とは別に、「アーティストと観客の接触」という観点では、ファンが熱狂するあまりステージ上のアーティストにドリンクなどの物を投げてしまうケースもある。海外の例ではあるが、ここ最近もイギリスの歌手ハリー・スタイルズさんや、アメリカの歌手ビービー・レクサさんが、ライブパフォーマンス中にステージに投げ込まれた物が顔に当たるという被害を受け騒然となった。

当然、フェスの注意事項では「ステージに投げ込む等の行為は絶対におやめください」と禁止されているが、もし観客が物を投げ入れてアーティストに怪我をさせてしまった場合、どのような罪に問われるのだろうか。

「本人にアーティストを怪我させるつもりがなかったとしても、アーティストが傷害を負うという結果を引き起こしてしまえば、過失傷害罪(刑法209条1項、法定刑は30万円以下の罰金または科料)に問われる可能性があります。また、万が一アーティストの怪我が重大なものとなってしまった場合は、民事上の損害賠償の責任なども生じうる可能性があります。

もちろん、怪我をさせようと思って投げていたときは、傷害罪(刑法204条)が成立する可能性がありますし、怪我をしなくても投げた物がアーティストに当たってしまったら、暴行罪(刑法208条、法定刑は2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料)が成立する可能性があります」(小林弁護士)

“熱狂”が思わぬトラブルを招くことも…(OrangeBook / PIXTA)

これとは逆に、ステージ上のアーティストが客席に向かってドラムスティックやタンバリン、マラカスなどを投げ入れる場面というのもよく見る。その際にもし観客が怪我をしてしまったら、アーティストを訴えることはできるのだろうか。

「アーティストが物を投げて観客に怪我を負わせてしまった場合は、過失傷害罪が成立する可能性があります。アーティストが自身の行為によって観客が怪我をしてしまうという結果を生むことをどれだけ予見できたかといった事情や、物を投げるに至った経緯などにも左右されることとなります。

ライブ運営側についても、責任を負う可能性がまったくないとは言えないでしょう。運営がそのような事態が発生することをどれだけ予測できたか、それを防止するためにどれだけの措置を講じていたのかといった事情が考慮されることとなります」(小林弁護士)

【事件4】過去には「野外ライブで落雷死」の責任が争われたケースも

2012年に有名アーティストの野外ライブに訪れた観客が落雷によって死亡した事件では、遺族が主催者側に安全配慮義務違反があったとして損害賠償請求訴訟を起こし、最高裁まで争われた結果、主催者側の責任が否定されている。この事例からも、フェスやライブにおけるトラブルの責任を運営側に問うのは難しいと言えるのだろうか。

「上でも述べてきましたが、安全配慮義務に反しているかどうかは、事態を予見できたかどうか、予見できたとしてそれを回避することが可能であったかどうかが重要な考慮要素です。

落雷は、人間ではコントロールできない自然現象であるため、それを具体的に予測したり、回避したりというのはなかなか難しく、運営の責任を問うにはハードルが高い方の事例であると言えます。

一方で、たとえば人為的なミスやトラブルによって発生した事態に関しては、予見することができる可能性や回避することができる可能性はあると言えます。運営側の不手際を理由としてその責任を問うような場合は、落雷事故のケースと比較して認められやすくなると考えます。

とはいえ、運営が事態を予見できたということや、予見した上で事態を回避できたということが認められるのは、そもそもが簡単な話ではないので、一般的に、フェスやライブにおけるトラブルの責任を運営側に問うのは難しいと言えるでしょう」(小林弁護士)

【まとめ】フェスは十分に準備して楽しむべし

今回、事件・トラブルとして挙げたいずれのケースも、運営側に責任を問える可能性はある。しかし、運営側の「安全配慮義務違反」を証明するための時間やコスト、労力のことを考えると、かなり難しいという印象を受けた。

仮にフェス運営者に対して責任を問えたとしても、会場で熱中症などのトラブルに見舞われた場合に、直ちにその状況を解決できるわけではない。場合によっては周りの人に助けを求めて、あくまでも自己管理・安全行動を徹底するしかないのだ。

基本的に夏フェスは炎天下で行われるものであり、熱中症対策や水分対策などを行うことは、フェスに参加するための最低限のマナーであると言える。例えるのであれば「防寒着なしで、冬登山に挑戦しますか?」ということと同じであるが、絶対にそんなことはしないだろう。

夏フェスも同じで、万が一に備えてしっかりと準備対策をして参加できる人が存分に楽しめるのだ、と筆者は考える。命の危険を抱えてライブを楽しむことはロックではない。

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