京アニ放火殺人事件で注目 裁判を左右する「精神鑑定」では何が行われているのか?

精神鑑定の問診や面接は拘置所で行われることが多い(EKAKI / PIXTA)

2019年7月に発生、68人もの死傷者を出し、社会を震撼させた京都アニメーション放火殺人事件の公判が、9月5日に京都地方裁判所で始まった。公判をめぐる報道では、「精神鑑定」の結果等により青葉真司被告に「責任能力がない」と判断されれば、被告が無罪となる可能性も示唆されている。

「裏で手を動かしているひとがいる」

余談になるが、かつて筆者は、学生時代に刑法の講義で、刑事事件で罪を問う場合、「行為」があり、それが「違法」で、さらに被疑者が責任を問える「有責」を満たしているか、の三つがそろっていることが必要ということを学んだ。責任を問えないケースとして、被疑者・被告人が未成年である場合や、精神疾患がある場合などがあることも知った。

また、以前勤めていた会社では、同僚が常識では理解できない言動をとり問題になったことがあった。後で精神疾患があることが分かったが、それまでとは別人格という印象を強く受けた。

このような経緯もあり、裁判の結果をも左右する「精神鑑定」とはどのようなものなのか以前より興味を持っていた。それらの疑問について、今回千葉大学社会精神保健教育研究センター法システム研究部門の五十嵐禎人教授に話を伺った。

なお青葉被告は公判でも、犯行の動機となった京都アニメーションに応募した自身の小説の落選について、「裏で手を動かしているひとがいる」などと語っているといい、妄想・幻覚などの症状があったことが推測される。

「事件で初めて病気と分かるケースも」

日本司法精神医学会理事長も務める五十嵐教授によると、精神鑑定はあらゆる精神疾患と思われる症状が対象で、被疑者・被告人に普通ではない言動や精神科の受診歴がある場合、検察官・裁判官が必要と認めた場合に依頼されるという。

それまでに受診歴等がなくても鑑定が行われる場合もある。事件を起こして初めて病気だと分かるケースもあるからだ。

五十嵐教授も「精神障害があるのか、精神障害が影響して事件を起こしたのかは、鑑定をしてみないと分からない」と話す。

ちなみに刑事事件に限らず、民事事件においても精神鑑定が行われるケースもある。たとえば、契約の有効性をめぐり、契約締結時の意思能力の有無をめぐる訴訟が行われる場合などがこれにあたる。

精神鑑定はいつ、どこで行うか

精神鑑定が行われる時期は、誰が鑑定を依頼するかによって二つに分けられる。

一つは検察官が依頼する場合で“起訴前”に行われる。これにはさらに、勾留期間の21日の間に短時間で行う“簡易鑑定”と、裁判所におおむね3か月の鑑定留置の許可を取って行う“起訴前嘱託鑑定”がある。この結果は、検察官が被疑者を起訴するかを決める重要な参考資料となる。

二つ目は裁判所が依頼する場合だ。公判が始まって当事者双方の主張、事実認定が終わった後に弁護人の申請、あるいは裁判官の職権で行われる。

市民が選任され集中的に審理を行う裁判員裁判の場合は、裁判が始まってから鑑定を行っても間に合わないため、裁判員法50条に基づき特別に“公判前整理手続”の過程で行われる。

鑑定が行われる場所は、拘置所や病院だ。担当の鑑定医によって異なるが、拘置所で問診や面接を行い、さらに鑑定留置の一定期間、通院あるいは入院させ行うケースが多いという。

精神鑑定では何が行われている?

精神鑑定ではどのようなことが行われるのか。

五十嵐教授によると、まず、一般の精神科などでも行われる精神障害の診断が行われる。そこでは心理検査のほか、さらに精神症状に影響を及ぼすような身体疾患がないかなどの確認も含め身体検査も行われるという。

心理検査では、主に知能検査(WAIS)や性格検査(MMPI)などを標準的に行い、知能・性格を把握する。

「一定の期間の経過を得ないと分からないこともある」(五十嵐教授)ため、鑑定の期間は最低でも3か月は必要とされているが、面接等の回数、間隔は鑑定医や事例によって異なる。これらの鑑定を担当する精神科医は、医療観察法の指定入院医療機関に所属する医師に依頼されることが多いようだ。

事件の精神鑑定は「裏取り」が重要

刑事事件の精神鑑定が一般の診察と異なる点について五十嵐教授は、「客観的な証拠、情報量が多いことだ」と説明する。

「事件の記録のなかの情報では不十分と思われる場合には、 検察官や裁判所に勾留中の動静記録や生徒指導要録などを取り寄せてもらうこともある。

事件の時に被鑑定人がどういう状態であったか、精神障害が事件にどう影響しているかを考えなければいけない。事件の時にどういうことが起きたと“本人が”思っているのかをまず確認し、さらに証拠や目撃者の調書などを基に、犯行時の本人の状態などを見立てていく」(五十嵐教授)

本人の話をしっかり聞くのと同時に、客観的な情報等と照らし合わせて「必ず裏を取る」ことが重要になるという。罪を免れようと“詐病”するケースなどもあるからだ。

「たとえば黙秘をしている被鑑定人は“意図的に黙秘をしている”のか、症状の影響で“混乱して話せずにいるのか”を見極めることなども必要になる。

被鑑定人に精神障害があるかないか、あったとしたらその精神障害が犯行にどういう影響を与えていたか。責任能力を判断するために資する報告を行うことが、精神鑑定に携わる精神科医の役割だ」(五十嵐教授)

青葉被告の公判では、10月下旬に担当の鑑定医が証人として出廷する予定となっている。報告等を基にどのような判断が下されるのか。社会が注視する事件の判決は、来年1月25日に言い渡される。

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