「推し」の生命力は

 今から56年前、電機大手のシャープは電子レンジの温めが終わると「チン」という音で知らせるようにした。開発者が自転車のベルの音から着想を得たという▲今ではチンと鳴る電子レンジは少ないのに、どの世代も「チンする」と言う。辞書にもその一語は見つかり、半世紀前の新語が今や日常語として定着した▲「良い」と「良くない」、二つの意味を持つ言葉もある。「こだわる」はその代表格だろう。昔は「ささいな事に心をとらわれる」、今では「スープのだしにこだわる」というように「深く思い入れをする」といった好ましい意味でも使われる▲ひょんなことから生まれ、長生きする言葉がある。好ましくない意味に、好ましい意味が加わることもある。では「推し」はどうだろう。新語なのか、「お薦め」とはまた違う意味が足されたのか▲文化庁の調査によると「気に入って応援する人や物」という意味で「推し」を使う人は5割ほどいる。「一押し」とは言っても「推しに会う」「私の推し」とは少し前なら言わなかった▲「こだわる」もそうかもしれないが、耳慣れた言葉に別の意味が加わると、人はすんなり受け入れるものらしい。若い世代の大半が「何かの推しがいる」という昨今、「チンする」並みの生命力を「推し」の一語は宿すかどうか。(徹)

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