土石流から2年3か月…“警戒区域”解除も戻らぬ日常 静岡・熱海市

28人が亡くなった静岡・熱海市の土石流災害から、10月3日で2年3か月となり、被災地では黙とうが捧げられました。

立ち入り禁止となっていた「警戒区域」が解除されて1か月がたちましたが、復興の遅れから、ふるさとを離れることを決めた被災者も多く “日常”は戻っていません。

9月、熱海市内の公営住宅。荷造りをしていたのは、土石流で被災した田中公一さん74歳です。丁寧にしまっていたのは、亡くなった妻の位牌です。

(田中 公一さん)

「もうこれで動くことはないから、ゆっくりしてと妻に問いかけた」

土石流で自宅が流され、35年連れ添った妻・路子さんを亡くしました。新しい住まいは、被災を逃れた伊豆山地区に所有する別の土地に建てました。自宅の跡地で見つかった“表札”、被害をまぬがれた物置に入れてあった“タンス”も運び入れます。

(田中 公一さん)

Q:伊豆山の自宅にあったもの?

「自宅横の物置の中に置いてあった」

2年に及んだ避難生活が終わりましたが、田中さんの思いは複雑です。「警戒区域」が解除され、自由に出入りできるようになった自宅の跡地。献花台をつくり、路子さんに手を合わせています。田中さんは当初、河川の拡張と道路整備に伴い、土地の一部を熱海市などに売却し、残りの土地に自宅を再建させたいと考えていましたが、復興が見通せないことから、あきらめたといいます。

(田中 公一さん)

「いつここで工事を始められるか、めどが一切見えない」「避難生活をどのぐらいまで支援してくれるのかわからない、だから不安しかない」

国と熱海市から生活再建の支援は受けましたが、貯金を切り崩し、伊豆山の別の土地での自宅再建を急ぎました。それは、路子さんと過ごしたふるさとに、一日も早く帰りたいという思いからでした。

(田中 公一さん)

「これからもずっと一緒にいたかったけれど、離れ離れになっちゃったけど、ここに置いて一緒にご飯を食べる感じ、その辺は気持ち次第だけどね」

“伊豆山に戻る”選択をした田中さん。

一方、2022年に行った熱海市の調査では、避難している124世帯のうち、戻る意向を示したのは60世帯でしたが、9月20日時点で、戻った、または戻る意向を示したのは43世帯に減りました。被災地での住宅再建は2025年度になる見通しで、帰還をあきらめる住民がさらに増えることが懸念されます。

(田中 公一さん)

「長くなればなるほど、いろいろなことを考えてしまう、年をとると、段々あきらめになってくるのではないか」

生活再建を阻んでいた“規制”は取り払われましたが、地域のコミュニティを、再び取り戻すことができるかが、新たな課題となっています。

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