全冠制覇

 〈性能の良いマシンが参戦すると聞き、フェラーリやベンツを想像していたら、ジェット機が来たという感じ〉-先輩棋士の1人が彼のことをこう評したのは最終的に「29」まで伸びた中学生棋士の連勝が15を超えた辺りだったか▲〈皆が概数でやっているのに、1人だけ小数第2位まで見えている〉〈160キロのストレートと多彩な変化球〉…その規格外の強さをどう言語化したらいいのか、棋士たちの試みは続くが、いまだに“決定版”は見つからないまま▲史上最年少の14歳でプロになってから7年。将棋の藤井聡太さんが羽生善治さん以来の全タイトル制覇を成し遂げた。タイトルの数が8に増えてからは初めての快挙▲藤井さんがデビューした2016年の秋、将棋界はトップ棋士のカンニング疑惑に揺れた。人間がコンピューターに勝てなくなって“将棋の未来”を危ぶむ声さえささやかれた時期だった。若きルーキーの快進撃がその暗雲を吹き飛ばした▲「八冠ロード」の最初の一歩は2020年夏の棋聖戦。コロナ禍に沈む社会に爽やかな風を吹かせた。最後の1冠・王座戦は大逆転の連続で、人間が指す将棋の魅力を存分に再認識させて▲終局の直後に「引き続き実力を付ける必要が…」と語った。尋ねてみたい。どこまで強くなりたいのだろう。

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