自らおむつ履き排せつ実験、「おむつを開けずに中が見たい」介護職員の声を実現した臭いセンサー 原点は中学時代の介護経験、提携施設で集めた5千件のデータ

においセンサーで排せつを検知する「ヘルプパッド」を手に取るabaの宇井吉美最高経営責任者(CEO)=9月、千葉県船橋市

 介護の現場で食事、入浴と並んで大変な仕事とされるのが排せつの介助だ。おむつの交換が遅くなれば衣服が汚れる一方、夜中も含めて巡回する介護士の負担は大きい。「おむつを開けずに中が見たい」。介護職員の切実な思いを解決する排せつセンサー「ヘルプパッド」を「aba」(アバ、千葉県船橋市)が開発した。

 最高経営責任者(CEO)の宇井吉美さんは「介護にはやりがいがある。でも、現場は忙し過ぎてそう感じることができない。排せつセンサーで、やりがいを感じられる余裕をつくりたい」と語る。(共同通信=早田栄介)
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 ▽「介護する側を支えないと」
 ヘルプパッドの仕組みはシンプルだ。においを感知するセンサーを備えたシートをベッドの上に敷き、排せつがあればパソコンやタブレット端末などに表示する。

 宇井さんが介護支援を考えるようになったのは、中学時代の経験が影響している。うつ病になった祖母を自宅で介護した。祖母は自分で食事をしたり、通院したりできたが、日々のケアに家族は疲弊した。そして、付きっきりの世話が必要な身体介護を担っている人たちの負担はどれだけ大きいのだろうかと考えるようになった。

 「介護を受ける人も大変だけど、介護する側の人を支えないとつぶれちゃうんじゃないか。介護者の支援をしよう」と決めた。

 ▽介護士の声を反映した二つのこだわり
 科学に興味があったこともあり、ロボット研究で知られる千葉工業大学(千葉県習志野市)の未来ロボティクス学科に入学した。テクノロジーの力を使って介護者を助けたい。その思いは強かったが、どんな形で具体化するのかはまだ見えていなかった。現場を重視する教授の勧めを受け、実習で特別養護老人ホームに通うようになった。そこで出会った一人の職員の言葉が心に残った。「おむつを開けずに中が見たい」。

 介護施設の職員は、1日に何度も入所者のおむつを開いて排せつを確認する。排せつがなければ「起こしてごめんなさい」、外に漏れていると「遅くなってごめんなさい」。繰り返し申し訳なさを感じる。職員にとっても、夜中も含めて定時で巡回することの身体的な負担は大きい。

排せつセンサー「ヘルプパッド」(左)と専用カバー。シートの中央付近を通るチューブでにおいを吸引し、上部に設置したセンサーで検知する

 ▽悩んだ進路、製品化に向けて起業を決意
 排せつケアの支援という方向性が見えてきた中、宇井さんは介護職員の要望を聞き、製品設計で二つのポイントにこだわった。一つは、利用者の身体に機械を付けないこと。医療とは違い、介護が行われるのは日々の生活の場所だ。介護施設の職員から「利用者の負担を小さくし、できるだけ生活を乱さないものにしてほしい」と言われた。もう一つは「尿と便の両方が分かるようにしてほしい」。尿だけなら水分を感知できればいいが、便には反応できない。

 こうした声を踏まえ、においを吸い込むシートをベッドの上に敷き、排せつをセンサーで検知するという設計が固まっていった。大学生時代にプロトタイプ(原型)まで作ったが、さらに改良して製品化を実現したかった。企業に就職して事業化を目指すか、大学院に進んで研究を重ねるか。進路に悩んでいた2011年夏、大学4年生のときに参加したビジネスコンテストで「今すぐにでも起業した方がいい」と高い評価を受けた。

 それまで、起業は考えていなかった。コンテストの帰り道、進む先が見えて「すごく呼吸がしやすくなったように感じた」ことを今でも覚えているという。

 ▽3年かけて築いた信頼
 大学4年生の秋に「aba」を設立したが、事業は順風満帆ではなかった。においセンサーの精度を上げるには、データの収集と分析が欠かせない。介護施設に実験をさせてもらえないかと頼んでも、「大事な入居者さんにやらせられない」と断られた。当時は、テクノロジーを使って介護をすることに拒否感があった。「人の世話は人がやるもの」という意識が強かった。

 そして製品の完成度も低かった。当時の製品は排せつを検知すると、ピー、ピーと音が鳴る。職員はほかの業務をしていても検知音を止めるため、作業を中断しなくてはならない。職員からは「やりたいことは分かるけど」と使いにくさを指摘された。

 現場が抱える課題を見つめ直すため、介護施設にボランティアとして通い、その後職員にもなった。平日は自分の会社で実験や製品の改良を繰り返し、土日は介護施設で働く。こんな生活を約3年続け、ヘルパーの資格を取った。そうしていると、「あの子、介護職員までやっているらしいよ」という話が少しずつ広がり、データ取得に協力してくれる施設が増えていったという。

排せつセンサー「ヘルプパッド」の仕組みを説明するabaの宇井吉美さん=9月、千葉県船橋市

 ▽1Kの部屋で排せつ検知の実験
 宇井さんを近くで支えたのが、千葉工業大学の同級生で、現在はabaの最高技術責任者(CTO)を務める谷本和城さんだった。谷本さんは高校生のころからロボット開発に興味を持ち、大学入学後は二足歩行ロボットでサッカーをする「ロボカップ」にも参画した。ほかの企業に就職の内定をもらっていたが、宇井さんが頼み込んでabaに加わってもらった。

 当時の社員は宇井さんと谷本さんの2人で、大学に近い1Kのアパートがオフィスだった。においセンサーの精度を高めるため、宇井さんが布団の中で実際におむつをはいて排せつし、谷本さんがその横でパソコンの画面を見つめる。部屋にこもるにおいも気にせず、センサーが正確に反応すると喜び合う。こうした実験を重ねた。

abaのメンバー。前列の左から2人目が谷本和城・最高技術責任者(CTO)、3人目が宇井吉美・最高経営責任者(CEO)=2022年(提供写真)

 ▽日によって変わるにおい
 介護施設の協力も得て、abaは7年かけて300人以上から5千件を超えるデータを集めた。このデータは「介護士さんたちと協力してきた証し」であり、ヘルプパッドの強みだと自負している。排せつをセンサーで検知し、においを波形のデータで示す。同じ人でも、尿と便とでは波形が異なり、食事も影響するため日によって波形は変わる。高齢者の場合、排せつが少量のことも多く検知するのは難しい。地道にデータを集め、それぞれの特徴をAIで分析してセンサーの精度を高めた。集積したデータを基に、排せつしそうな時間を予測する機能も備えるようになった。

従来より薄型になった排せつセンサー「ヘルプパッド2」。ベルトに埋め込んだセンサー(左端)を、シートに入れて使用する

 2019年3月にヘルプパッドを発売し、既に全国の約100の介護施設が導入している。今年10月末には、従来より薄型でセンサーの存在感を小さくしたヘルプパッド2を売り出す。

 宇井さんは介護の魅力と現場の課題について、こう語った。「実際に介護職をやって、介護って本当はすごく楽しんだなと感じた。その相手の人生を丸ごと支えることには、計り知れないやりがいがある。でも、今の現場は忙し過ぎてそう感じることができない。テクノロジーを使って誰もが介護したくなる社会をつくっていきたいんです」

 ▽「ありがとうと感謝される」
 ヘルプパッドは介護の現場でどのように使われているのか。社会福祉法人「八千代美香会」は運営する特別養護老人ホーム「ちば美香苑」(千葉市)と「朋松苑」(千葉県船橋市)で2019年にヘルプパッドを導入した。入所者のデータを集め、それぞれの人の排せつパターンに合わせたおむつ交換をするためだ。

 ベッド数の多い特別養護老人ホームでは、毎日決まった時間に職員が巡回しておむつ交換をするのが一般的だ。ただ人によって排せつの時間は異なる。交換が遅くなると、尻の皮むけにつながる。排せつ物がおむつからもれると入所者は不快に感じ、衣類の交換などで職員の負担も大きい。職員がこまめにチェックし、それぞれの入所者に最適なタイミングを把握しようとしたが限界があった。

 ちば美香苑の後藤直輝さんは、ヘルプパッド導入により「この人は夜中の排せつが少ないから、明け方におむつを交換しようというような運用ができるようになった」と説明した。

ヘルプパッドで収集した排せつデータについて説明する特別養護老人ホーム「ちば美香苑」の後藤直輝さん=9月、千葉市若葉区

 入所者は排せつ後、コールボタンを鳴らして職員に知らせることができる。だが、部屋まで来てもらうことを申し訳なく感じ、使用をためらう人もいる。後藤さんは「ちょうどいいタイミングで交換に行けるようになり、(入所者から)ありがとうと感謝されることが増えた」と話した。

 abaは2030年までに、ヘルプパッド2の導入実績を30万台に伸ばすことを目指す。将来的には在宅介護中の個人にも広げたい考えだ。

特別養護老人ホーム「ちば美香苑」=9月、千葉市若葉区

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