鉄路で台湾一周旅は時計回りで2時くらいの位置に達している。
台湾北東部には思い入れがある地域がいくつかあるので、なかなか南下できない。
今回はコロナの直前に、『台湾一周!!途中下車、美味しい旅』(双葉文庫)の取材で初めて訪れた港町を再訪した。
【フォトギャラリー】蘇澳(スーアオ)の朝市の風景と絶品グルメ
サメの燻製目当てに台湾一周から逸脱(!?)
どうしても行きたかったのは大好物のサメの燻製が美味しい蘇澳(スーアオ)という町だ。
台湾をぐるりと一周する環状線から少しだけはみ出ていて、乗り換えないとたどり着けない盲腸線の終着駅である。
羅東(ルオドン)や蘇澳新(スーアオシン)という駅で蘇澳行きに乗り換えて終点まで。どうにもアクセスがよくないのだが、前回は夜着いたので、明るいうちから訪問したかった。
幸い宿泊していた羅東からは各駅停車に20分も乗ればたどり着ける。問題は列車の本数が1時間に1本ほどしかないこと。
台鉄は値段が安く、車窓風景も変化に富んでいるので、のんびりとした旅にはうってつけなのだが、発着時間が正確な日本の電車と同じように考えていると、思うように目的地にたどり着けないことがある。
今回の旅では、台鉄のアプリを使って目的地までの所要時間や列車の本数を事前に調べたり、降りた駅で次の目的地までの列車の時刻をチェックしたりして、かなり余裕のあるスケジュールにしていた。
台鉄は時間通りに発着しない。5分遅れは当たり前で、10分から20分遅れることもざら。だから、乗り継ぎ時間が短いのは危険だ。
出発時刻の1時間から30分前に駅に到着して切符を買い、時間が余ったらのんびり駅舎内で待つか、駅前のカフェで時間をつぶすくらいの気持ちでいるのがちょうどいい。
日本では乗り換え案内アプリを使い、ギリギリの時間設定で移動する私も、台湾では感覚を切り替えている。
そうしないと、常に時計とにらめっこして、列車が遅れるたびにイライラすることになってしまう。
日本ではあまり知られていない観光地
以前訪れたときは夜だったので気づかなかったが、昼間降り立ってみると、蘇澳の駅舎は少し丸みを帯びた建物で、可愛らしいピンク色をしていた。
小さな町なので人影はまばらだが、家族連れや若い女子大学生のグループなど、観光客の姿もちらほら。
蘇澳には海岸や岬などの景勝地があるほか、蘇澳冷泉もちょっと知られた観光スポットだ。
まだ昼前なので、サメの燻製食堂へ行く前に市内を歩いてみよう。そう思い立って、市場のありそうな方角へ足を向ける。
蘇澳駅から徒歩5分くらいのところに冷泉公園や朝市がぎゅっと凝縮されたエリアがある。
市場は日曜日だというのに人影がまばらだ。買い物客のピークは過ぎたのか、後片付けをしている店主や、暇そうにスマホをいじっている店番のおじさんがいる。
冷泉公園はどうかと足を運んでみると、正午前はまだ入れないという。中途半端に時間を持て余してしまった。
でも、この町にはそんなゆるい時間の流れ方が似合っている気がする。
台湾をぐるりと一周する台鉄のルートから少し外れた蘇澳では、道ゆく人も、店番の人も、軌道から少しだけ外れた、ゆったりとした時間を生きているようだ。
韓国のスンデ(腸詰)に似た謎の物体を食べてみる
昼には少し早いが、お目当てのサメの燻製食堂を訪れた。
店は3年半前そのままの姿で営業していた。通りに面したカウンターの上には赤い看板に「阿英小吃部」とある。
以前は閉店間際に来たので女将さん一人だったが、今日は日曜の昼時とあって、家族総出で店を回しているようだ。
とりあえずサメの燻製とビールを注文。
サメの燻製は、私が台湾に暮らしていた頃にファンになった。ふわふわとした食感の白身魚に燻製の香ばしさが加わる。
これがわさび醤油にとても合う。ハンペンよりも歯ごたえがあり、魚らしい香りが鼻をくすぐる。上質な刺し身を食べているようだ。
サメの燻製だけで十分だったが、隣のテーブルに運ばれていった黒い物体に目が行く。
「あれは?」と聞くと店員と客がうれしそうに「宜蘭独特の腸詰だ」と言う。見た目は韓国で食べたスンデ(腸詰)に似ている。
迷わず1人前を注文する。
運んできた店員、店主らしきおじさん、他の客たちが全員、私が宜蘭風スンデを口に運ぶのをじっと見守っている。
感想を言わなければ……。けれど、黒々とした見た目に反して、味はとても淡白でさっぱりしている。
中には刻んだ豚肉とタピオカ粉が入っているそうだが、肉よりもタピオカのゼリー質が勝っていて、脂身も少なく、ちょっと拍子抜けといった感じだ。
「独特な味ですね」とその場は無難に切り抜けたが、あらためてタレをつけて食べてみると、これがなかなか味わい深い。
ぷるぷるした食感に、腸詰独特のほのかな臭みが加わり、これが蘇澳の湿った空気感にマッチする。
台湾の東北海岸に取り残されたような小さな町で、昼酒を飲みながらサメや珍味をつまむ。
新鮮な「魚雑(モツ)」が豊富なのは、ここが港のそばだからだろう。
(つづく)
(うまいめし/ 光瀬 憲子)