ゆったりの勧め

 若い人はご存じだろうか。〈せまい日本 そんなに急いで どこへ行く〉は50年前の全国交通安全運動の標語で、高知県警の警察官がつくったらしい▲その年は中東の産油国が原油の価格をぐんと引き上げ、そのあおりで物価が急上昇する石油危機が起きた。「オイルショック」という言葉が戦後史に刻まれる▲「時代を映したキャッチフレーズ事典」(電通)は〈せまい日本…〉の標語を〈ガソリン不足が言われた社会現象をたくみに取り入れ、安全運転を呼びかけているところに玄人はだしのうまさがある〉と評している▲ガソリンが不足し、値段も高い。せかせかと車を走らせるのは控えましょう…。標語はそう呼びかけたのだろう。石油危機は第4次中東戦争が引き金になった。紛争に戦争、それに伴う物価高…。半世紀を経て世界は、社会は、一回りしたように思える▲今年の新語・流行語大賞の候補30語には「藤井八冠」といった明るい話題にちなんだ言葉も多い。新型コロナにまつわるのは「5類」や「4年ぶり/声出し応援」がある▲以前の“流行語”は「3密」「黙食」と、身のすくむような言葉だったが、社会はいくらか穏やかに、おおらかになったのかどうか。〈そんなに急いで どこへ行く〉。“ゆったりの勧め”が一回りして、今に生かせればいい。(徹)

© 株式会社長崎新聞社