《池上彰解説》年金支給年齢引き上げで128万人が抗議 フランス人が「スト」「デモ」を支持する理由

ゴミ回収作業員の抗議ストライキによって道路にゴミが山積みになったフランス・パリ(FreeProd / PIXTA)

今年開催されたラグビーワールドカップ2023、そして来年のオリンピックの開催地「フランス」。華々しいイベントの舞台として注目を集める一方で、北部のアラスでは10月13日、刃物を持った男が高校に侵入し、教師ら4人を死傷させる事件が発生。この事件を受けて、フランス国内のテロ警戒レベルは最高に引き上げられました。

また今年6月末には、警察官による移民の少年射殺事件が発生し、抗議デモが暴徒化。暴動はフランス全土に拡大しました。暴動の背景には移民が抱く経済格差への不満があったとされ、フランス社会の分断を映し出す事態になりました。

労働者の権利が広く認められ、移民を数多く受け入れるなど世界に冠たる「人権国家」として知られるフランス。そのフランスで今何が起きているのか、そもそもフランスはなぜ「人権国家」となったのか、ジャーナリスト・池上彰氏が歴史から解説します。

(#2に続く/全5回)

※この記事は池上彰氏による書籍『歴史で読み解く!世界情勢のきほん』(ポプラ新書)より一部抜粋・構成しています。

ストライキが日常茶飯事

2023年3月、花の都パリの街にゴミの山ができました。政府の年金制度改革に反対するゴミ回収作業員の抗議ストライキが続いたためです。さらにゴミ焼却場の従業員もストライキに入ったため、ゴミ回収のメドが立たなくなり、観光客に人気のカフェの前の道路などにゴミが山積み。悪臭漂う状態となりました。

抗議デモも行われ、3月7日には128万人が参加したそうです(「朝日新聞」3月16日朝刊)。

フランス政府の方針は、年金受給開始年齢を、現在の62歳から64歳に引き上げるというもの。日本でも年金受給開始年齢をめぐる議論はありますが、政府の方針に反対して労働組合がストライキに入るというのは、ちょっと考えられないのではないでしょうか。

街路にゴミが山積みになれば、日本だと「何をしているのだ」という批判が高まるでしょうが、ニュース専門局BFMTVの世論調査では、「63%がストやデモを支持し、年金改革を推し進める政府への反発は衰えていない。パリ市長を務める社会党のイダルゴ氏は年金改革への反対を公言し、市職員のストを支持している」(同紙)

市の職員がストライキをしているのを市長が支持する。これもまた日本では考えにくいことですが、これがフランスなのです。

フランスに行く予定のある人は、ぜひ余裕を持ったスケジュールで行くことをお勧めします。パリでは、バスや地下鉄が従業員のストライキで止まってしまうということが日常茶飯事だからです。これには多くの市民が迷惑でしょうに、表立っての批判や抗議はありません。市民の多くが、「次は自分たちがストライキをするかもしれないから」と思うからなのです。

自分たちに不利益なことがあれば、すぐにストライキやデモで抗議し、方針を変更させようとする。これがフランス人です。そこには、「自分たちはフランス革命で世の中を変えることに成功した」という成功体験があるからです。

他国の反政府活動家を受け入れる

また、フランス革命で獲得した人権を大事にするのもフランスという国の特徴です。2022年2月にロシアがウクライナに軍事侵攻すると、翌月にロシア国営放送の女性職員が、生放送中のニュース番組で「戦争反対」の紙を掲げてプーチン大統領の方針に反対しました。

この事件で女性職員が治安当局に逮捕されると、すぐにフランスのマクロン大統領が「フランスに亡命しないか」と連絡してきたそうです(本人談)。このときは断ったそうですが、当局の取り締まりが強くなり、裁判になったことから、彼女は亡命を決意。パリに事務局がある「国境なき記者団」に相談し、2023年10月になって密かに越境。フランスに亡命を果たしました。

このように他国の活動家が、その国にいられなくなると、亡命を受け入れるというのがフランスの伝統なのです。

たとえば1979年に発生したイラン革命。それまでの独裁政権を批判して国内にいられなくなっていたホメイニ師をフランスは受け入れていました。イラン国内で反政府暴動が拡大すると、ホメイニ師はエールフランス機で帰国。イラン革命を成功させました。

その後、ホメイニ師が進める革命のやり方に反対したことで国内にいられなくなった活動家についても、フランスは亡命を受け入れています。

こうしたフランスの姿勢から「フランスは世界の隠れ家」と評されることもあります。これも、フランス革命が築いた成果を大事にしようという姿勢なのです。

多くの人の憧れの国フランス

フランス、とくにパリは世界屈指の観光都市でもあります。2024年にはオリンピックも開催されます。

かつて詩人の萩原朔太郎は、1925年に出版した詩集『純情小曲集』の中で、「ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し」と詠嘆しました。

たしかに1925年の段階ではフランスは「あまりに遠し」だったでしょう。いまは直行便が飛ぶ時代になりました。「行きたし」と思えば行けるようになりました。

パリの空の下セーヌ川が流れ、ルーヴル美術館やオルセー美術館に人が集まり、ノートルダム大聖堂やエッフェル塔が町を見下ろす。多くの人にとって、華やかなイメージがあるフランス。そんなフランスは、どんな国なのでしょうか。

フランスをフランスたらしめているのは、「フランス語」と「人権」と「ライシテ(政教分離)」だと言われます。この3つの視点でフランスを見ていきましょう。

(#2に続く)

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