「職業はピンクのお兄さん」自慢の外車を売り払って田植えをする元Jリーガー村田和哉「地域を徹底的に愛し」“三足のわらじ”を履く

週末、滋賀県内のショッピングセンターで、人気芸能人ばりに黄色い声を集めるピンクのウェアを着た35歳の男性。その正体は、セレッソ大阪や清水エスパルス、柏レイソル、アビスパ福岡、レノファ山口の5つのクラブでプレーした元Jリーガー村田和哉さんです。

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「いいぞ!将来は日本代表やな!」

子どもたちを相手にストリートサッカーで会場を沸かします。2021年に現役を引退して2年半。現在の肩書きをたずねると「職業、ピンクのお兄さんです」とおどけて返ってきました。

「地域を徹底的に愛し、恩返しをする」

プロサッカー選手引退後、村田さんのふるさと「滋賀県にJリーグを」を合言葉に、2021年、「ヴィアベンテン滋賀」というアマチュアサッカーチームを立ち上げました。オーナー兼監督兼選手という「三足のわらじ」。元Jリーガーといっても、一から作ったチームをJリーグに押し上げるのは、容易ではありません。

いつでも使える練習場はなく、ユニホームも村田さんを慕って集まった大学生とデザインしました。

「Jリーガー時代に買った自慢の外車も売り払いました。ゼロからの再スタートです」

地域への思いは人一倍強いと語る村田さん。中学生の時に父親を亡くし、苦労した頃、地元の人にたくさん助けてもらい、いつか恩返しをしたいという思いが、いまのクラブのコンセプト「地域を徹底的に愛し、恩返しをする」につながっているといいます。

その思いをすぐに具現化した村田さん。試合のない週末には、チームで琵琶湖の清掃活動や学校訪問をしてボランティア。試合を観に来たファンには、地元農家に提供してもらったキャベツを選手たちが手渡しで配ったりもします。そのひたむきな姿にひかれ、ひとり、またひとりとファンが試合を観に来てくれるようになりました。

村田さんがかつてエスパルスでプレーしていた時、清水の商店街を歩くだけで、地域の人たちが喜んでくれたそうです。村田さんは「サッカーチームには、ピッチの外でも地域を元気にする力がある」と実感しています。

チーム発足から1年後の試合で、ヴィアベンテン滋賀は約500人の観客を集め、滋賀県サッカー協会の関係者は「長い間、関係者しか観に来なかった県大会の試合に、こんなに人が来るとは」と目を丸くしました。客席の雰囲気だけは、Jリーグさながらの盛り上がりです。

普段は工場で飲料を運ぶFW三輪敦規選手の前にも、サインを求める子どもたちが列を作ります。普通のお兄さんが地元のスターになった瞬間です。三輪選手は「スイッチが入りました。いまは滋賀の子どもたちにどうやって貢献しようかといつも考えています」と興奮気味に話してくれました。

「本気の挑戦を見せて誰かの力に」SNS発信で活路

Jリーグ加入を目指す以上、地域愛だけでなく、結果を残す強さも必要です。日中、市の職員や銀行員、居酒屋店員などの仕事を終え、選手たちは夜に練習をしています。アマチュアチームなので、十分な活動資金を集められず、本業を抱えながらの練習や試合は体力的にも楽ではありません。

「正直、めちゃくちゃ苦しい時もある。けど、大人が本気で夢に挑戦する姿、暑苦しくも燃える姿って、誰かに元気と勇気を与えられる。僕らはそういう姿もすべてSNSにアップして、見てもらうことにしました」

動画は、村田さんをはじめ、選手たち自身がスマホ上で編集。地道に練習や地域貢献する様子を発信し続けると多くの共感を呼び、40万回近く見られる動画も出てきました。村田さんのSNSも現役Jリーガー時代よりはるかにフォロワーが増え、企業がSNSを通してチームを知る機会が増えました。

すると「地域愛」に共感した企業から「トレーニングジムを提供したい」「ユニホームのスポンサーになりたい」という申し出が相次ぎ、通常なら、Jリーグクラブにつくような大手スポンサーが、J1リーグから数えると「8部相当」の県リーグ2部に所属するチームにつくという、うれしい誤算も起こりました。練習環境が改善され、チーム力向上につながったといいます。SNSを使った現代流の「見せ方」が資金難の壁にも突破口を開いたのです。

地元からの手厚い協力も受け、ヴィアベンテン滋賀はわずか1年で滋賀県社会人3部リーグから2部へ上がり、今季は負けなし。11月12日には、最終節で守山侍ESTILOに9-0と大勝して、2部優勝と滋賀県社会人1部リーグへの昇格を決めました。この日は三輪選手が2得点、村田さんもチームの今季を締めくくる9点目を決めるという活躍。一歩ずつ着実に、Jリーグへの階段を上っています。

「サッカーだけしてたらあかん」

村田さんは日頃から選手たちに「サッカーがうまくなるのも大切やけど、サッカーだけしてたらあかん。ジャンルを越えて滋賀県を元気にしよう」と伝えています。先日はユニフォームを着て座禅を体験し、地域の歴史資産でもある寺をSNS発信しました。

2022年5月から始まった「しがのわプロジェクト」夢授業では、滋賀県内の学校をめぐり、村田さんは1年半で約1万4,000人の子供たちに「夢を持つことの大切さ」を伝えたといいます。

「滋賀県って人口140万人ぐらいなんですよ。その人口の中で、サッカーが好きな人を数えると限られてしまう。僕らは枠を越えて、県民全員に夢を与えられるようになりたい。Jリーグ創成期には、ヴェルディの選手がファッションショーにも出て、ファッション界をリードしていたと聞きました。僕らはまだプロでもないし、普通のお兄さんだけど、地域を盛り上げるためにできる事はたくさんあると気づいたんです」。

彼らには、滋賀県の教育界や観光業界も熱視線を送っているそうです。最近では、大津市の観光船案内人や日野町スタンプラリーの大使といった仕事も舞い込んできました。

村田さんが追いかける夢は「サッカーチームの監督」の枠を超えています。自分のことを「ピンクのお兄さん」と呼ぶ理由は、サッカーを通して街づくり、地域の文化づくりにも貢献したいという決意の表れでもあるのです。Jリーグの背中は、まだ遥か遠い。それでも、村田さんと選手たちは、“その日”までのプロセスも楽しみながら、滋賀県に元気を広げています。
(SBSアナウンサー 牧野克彦)

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