社説:映画助成金判決 「公益」の乱用を戒めた

 最高裁が憲法の「表現の自由」に正面から踏み込んで、表現の規制や萎縮につながる「公益の乱用」を戒めた。

 映画の出演者の薬物事件を理由に文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」(芸文振)が映画製作会社への助成金を不交付としたことの妥当性が争われた訴訟で、最高裁は不交付を違法と判断した。

 芸文振は「薬物を容認するようなメッセージと受け取られ、公益を損なう」と主張していた。

 これに対し最高裁は「公益は抽象的概念で選別基準も不明確」とした上で、助成金不交付は「芸術家等の自主性や創造性を損ない、憲法21条による表現の自由の保障の趣旨に照らしても看過しがたい」と断じた。

 映画や演劇の出演者の不祥事に際し、主催者らが公益を理由に公開を自粛することは少なくない。芸術展示でも、「公益」を理由にした公的施設の利用不許可が度々ある。

 今回の判決は、芸術文化作品に対する公的助成を巡る初めての最高裁判断で、裁判官4人の全員一致だ。憲法を踏まえ、こうした傾向に警鐘を鳴らしたといえる。

 問題となった映画は2019年公開の「宮本から君へ」で、出演者が薬物使用で有罪が確定した後、芸文振が内定済みだった助成金1000万円を不交付とした。

 一審の東京地裁は不交付を取り消したが、二審の東京高裁は適法と判断していた。

 最高裁は「ただちに薬物を使用する者が増加する根拠は見当たらない」と指摘し、助成金の不交付は「社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたもの」とした。

 その上で、「不交付とするには、重要な公益が害される具体的な危険があるかを十分に検討すべきだ」との枠組みを明示したのは妥当といえよう。

 注目すべきは、芸術的な観点で助成対象を決めているにもかかわらず、「公益」を理由に交付拒否が続けば、表現者に萎縮が広がると明確に述べたことだ。

 「このような事態は芸文振や助成金の存在意義を損ないかねない」と踏み込んでいる。芸文振は重く受け止めるべきだ。

 助成の選定や評価基準、審査プロセスの透明性確保などは不可欠ではないか。関係者の不祥事にも、出演時間や影響度など、実情に即して対応すればよい。

 芸術振興は、事なかれ主義や忖度(そんたく)とは無縁であるべきだろう。

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