【アジア】【LegalOn Technologies 法務レクチャー】「現地社員が保存ミス」 電帳法“あるある”対応[経済]

2024年1月、本格対応の期限が間近に迫る「電子帳簿保存法」。今回は多数の契約書を実際にどのように保管すればよいか、規定への対応を見ていく。さらに、日系企業がアジア企業との取引などで陥りがちな関連のトラブルについて、LegalOn Technologiesの吹野加奈弁護士が具体的なケースを挙げながら紹介する。

◆Lecture1 中小企業も影響 契約書類の保存

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【タイで製造した商品を輸入販売する会社で、経理課のBさんと総務課のCさんの会話】

Bさん:Cさん、契約書を持ってきました。保管をお願いできますか?

Cさん:はい、分かりました。ありがとうございます。

Bさん:ところで、Cさんは電子帳簿保存法をご存じですか?

Cさん:話には聞いていますが・・・・

Bさん:われわれのような中小企業にも影響があるようですよ。特に電子契約については、プリントアウトした紙だけではなくデータでの保存も必要になるとかで。

Cさん:それで何が問題になるのですか?

Bさん:ただ保存するだけでは駄目で、データの保存方法に要件があるんです。紙の契約書でも、スキャンしてデータ保存するなら同じく要件があるようです。

Cさん:それは、ちょっと考えないといけませんね。

Bさん:経理のA課長が詳しいから、一度話を聞いてみましょうか。

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前回の記事では、電子帳簿保存法(電帳法)の基本について紹介しました。今回は同法のうち、特に契約書の保管に関係する規定について詳しく解説します。

電帳法には「電子帳簿等保存」「スキャナ保存」「電子取引データ保存」の3つの制度があります。このうち、契約書が関係するのは「スキャナ保存」と「電子取引データ保存」です。

出所:LegalOn Technologies

◆Lecture2 するかどうかは任意 スキャナ保存の要件

「スキャナ保存」は、取引相手から受領した書類を電子データで保存する場合に守るべき要件を定めた制度です。「スキャナ保存」する場合、紙の書類は破棄することが可能になります。なお、要件さえ満たせば、スマートフォンやデジタルカメラでの撮影でもよいとされています。ポイントは次の通りです。

【真実性の確保】  

バージョン管理、読み取り情報の保存などにより、改ざんの可能性がないことが担保されているか。

【見読可能性の確保】  

解像度200dpi相当以上、256階調以上(24ビットカラー)で、明瞭にスキャンされているか。

【関係書類の備え付け】  

利用している電子契約システムなどのマニュアルを備え、誰でも内容を確認できるようになっているか。

【検索機能の確保】  

日付や金額による検索機能を備えるなどし、すぐにデータを見つけられるようになっているか。

実は「スキャナ保存」をするかどうかは任意です。手続きの必要もなく、好きなタイミングで開始することができます。ただし「スキャナ保存」開始より前の契約書を保存する場合は、税務署に届け出を行う必要があります。

この「スキャナ保存」については、2024年1月1日の改正でさらに緩和される予定になっています。具体的な変更点は次の3点です。

・解像度、階調、大きさに関する情報の保存が不要に

・記録事項を入力した者、またはその監督者の情報を確認できるようにしておくことが不要に

・帳簿との相互関連性の確保は重要書類(契約書・領収書など)のみで良いように

度重なる要件緩和により契約書の「スキャナ保存」のハードルは下がってきていますが、それで紙での保存が不要になるかというと、難しい問題です。なぜなら、訴訟においてはいまだに契約書原本が最上の証拠として取り扱われているからです。特に重要な契約であるほど、引き続き紙での締結が避けられないかもしれません。

出所:LegalOn Technologies

◆Lecture3 電子取引データ保存 タイムスタンプとは

「電子取引データ保存」は、電子契約データなどを一定の要件の下で保存することを求める制度です。ただし、23年12月31日までは宥恕(ゆうじょ)措置として“紙のみ”での保存も認められています。

24年以降も新たな猶予措置が設けられますが、少なくとも“何らかのシステムで電子データを保存し、すぐにダウンロード、プリントアウトができるようにしておく”ことは必要になります(猶予期限は未定)。「電子取引データ保存」の主な要件は以下の通りです。

【真実性の確保】

タイムスタンプ付与、バージョン管理、またはデータを訂正・削除する際の事務処理規定の制定のいずれかによって、改ざん可能性がないことが担保されているか

【見読可能性の確保】

求めに応じて明瞭かつ速やかな形でプリントアウトできるよう、出力装置が備えられているか

【関係書類の備え付け】

利用している電子契約システムなどのマニュアルを備え、誰でも内容を確認できるようになっているか

【検索機能の確保】

定められた検索条件・検索範囲で、また複数の検索条件で検索できるようにしているか。ただし、設備や売上高などの条件によって要件は緩和される

「真実性の確保」で求められるタイムスタンプについて補足します。タイムスタンプとは、「ある時刻にその電子データが存在していたこと」「それ以降改ざんされていないこと」を証明する技術です。電帳法では、総務大臣が認定する「認定タイムスタンプ」であることが求められます。なお、認定されている事業者は総務省のウェブサイトで確認することが可能です。

出所:LegalOn Technologies

◆Lecture4 契約書のトラブル ケーススタディ—

【ケース1】

「スキャナ保存」要件を満たさなかったX社

特殊鋼の専門商社であるX社は、国内に事業所を、タイに営業拠点を設置しています。タイの営業拠点では、顧客との間で基本契約を締結した上で個別に受発注を行なっています。

取引は「個別契約書」というタイトルで、A4サイズ1枚だけの簡易な書面で作成していましたが、今後は受注量の増加が見込まれるため、個別契約書を「スキャナ保存」して電子データで管理することにしました。

保存方式の変更はスムーズに行えたと思われていましたが、税務調査の際「データが不鮮明で内容が把握できない」と指摘されてしまいました。

確認すると、確かに小さな文字がぼやけており、拡大しても何が書いてあるか分かりません。タイの現地スタッフに対応を任せたのですが、スキャン時の要件をきちんと伝えていなかったことが原因です。

同社には法務の専任者がおらず、この問題に対応するための人的コストも想定していませんでした。そのため、契約書の管理担当者は対応に追われて新規の受注対応が滞り、売り上げにも悪影響がありました。

<ポイント>

作業者の認識不足や機器の不備、保存先のシステムの問題などによって明瞭なデータが作成できないと、税務調査の際に追加で説明や資料の提出を求められることになります。現場に負担が生じる場合があります。

【ケース2】

「電子取引データ保存」要件を満たせなかったY社

化学繊維メーカーのY社は東南アジアで製品を加工し、中国に輸出する企業です。工場は東南アジア各国にあり、原材料は現地企業から調達しています。ある現地企業からの調達時、相手が指定した国際的に利用されている電子契約サービスで契約を締結しました。

海外では知られた電子契約サービスのため安心して利用したのですが、国税庁から「認定タイムスタンプが押されていない」という指摘を受けてしまいました。結果、電帳法の要件を満たさないとして、契約が成立した時期を証明する追加資料の提出を求められました。

資料の手配のため、国内本社と海外拠点や現地企業とのやりとりが何度も発生。想定外の手間やタイムロスに見舞われ、貴重なビジネスチャンスを逃しかねない事態に陥りました。

<ポイント>

海外事業者との取引の場合、提案された電子契約システムが電帳法によって定められた「認定タイムスタンプ」の条件を満たしていないことがあります。その場合も、税務調査の際に追加の説明や資料の提出を求められ、現場に余分な負担が生じます。

※掲載のケースはいずれも架空の事例であり、実在の会社や事案とは一切関係ありません

ここでは、2つのケースから電帳法における契約書トラブルを紹介しましたが、要件を満たしていないからといって、直ちに罰則が与えられるわけではありません。とはいえ、再三の注意にもかかわらず対応しないなどの悪質な場合は、青色申告の承認取り消しの対象となることもありますので、注意が必要です。

◆Lecture5 あるべき契約書管理「必要な人がすぐに」

電子帳簿保存法が契約書管理に求めるのは、詰まるところ契約書を「必要な人」が「すぐに取り出せる状態」に置くことです。それにより証拠の保全や法令順守、情報紛失・漏えいの防止、契約リスク管理、業務効率化などを達成できます。これは、宥恕措置に関係なく、あるべき契約書管理として全ての企業が進めていく必要があります。

あるべき契約書管理の実現までには3つのステップがあります。

1 保管ルールの策定

2 契約書情報の一覧化(契約書台帳の作成)

3 閲覧権限管理システムの構築

このステップは、しっかり行おうとすればするほど大変です。株式会社LegalOn Technologiesが提供する人工知能(AI)契約管理システム「LegalForceキャビネ」は、電帳法に則した形で、簡単にあるべき契約書管理を実現できるツールです。前述した認定タイムスタンプに対応した電子契約システムとも連携しています。このようなサービスを活用し、宥恕措置の終了に先んじて、契約書の管理体制を整備していけると良いですね。

出所:LegalOn Technologies

吹野加奈(ふきの・かな)

株式会社LegalOn Technologies法務グループシニアマネージャー、弁護士。2014年、慶応義塾大学法科大学院修了。15年に司法修習終了。16年、株式会社リクルートでインハウスロイヤーとして事業支援法務に従事した後、19年にLegalForce(現LegalOn Technologies)に参画。法務開発、LegalOn Technologiesのウェブメディア『契約ウォッチ』のリリース、法務部門の立ち上げを経て、現職。

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株式会社LegalOn Technologiesは2017年、大手法律事務所出身の弁護士2名によって創業(旧称LegalForce、22年12月に社名変更)。弁護士の法務知見と自然言語処理技術や機械学習などのテクノロジーを組み合わせ、企業法務の質の向上、効率化を実現するソフトウエアを開発・提供する。京都大学との共同研究をはじめ、学術領域でも貢献。19年4月よりAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」、21年1月よりAI契約管理システム「LegalForceキャビネ」、22年12月より米国でAI契約レビュー支援ソフトウエア「LegalOn Review」を提供している。

※アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2023年11月号<https://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。

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